アニマル・コレクティヴ(Animal Collective)の『Sung Tongs』(2004年)と『Merriweather Post Pavilion』(2009年)が新装国内盤CDでリリースされる。00年代のUSインディーを象徴する二大傑作について、音楽ライターの清水祐也(Monchicon!)に振り返ってもらった。


「好きなアルバム」はたくさんあっても、「人生を変えてしまうアルバム」には滅多に出会えるものではない。アニマル・コレクティヴの『Sung Tongs』は、自分にとって間違いなくそんな数少ないアルバムのひとつだ。

2004年2月、当時23歳だった自分は就職もせずキャリアスクールで編集やDTPについて学んでいたのだが、そこで講師をしていたのが、音楽雑誌『AFTER HOURS』の編集長だった大漉高行氏だった。と言っても、大漉氏が担当していた”音楽ライターコース”を自分は受講していなかったのだが、そんな大漉氏が海外のミュージシャンを招聘したイベントを渋谷のライブハウスO-Nestで開催することになり、クラスメイトに誘われて顔を出すことになったのである。チケットを買ったのか、それとも要領よく潜り込んだのかは覚えていないが、とにかくその日のイベントに出演していたのが、初来日となるアニマル・コレクティヴだったのだ。

とはいえ、当時の彼らはニューヨークのレーベル、Carpark傘下のPaw Tracksからアルバム『Here Comes The Indian』(のちに『Arc』に改題)をリリースしたばかりで、(UKのFatCatから1stと2ndをカップリングした編集盤がリリースされてはいたものの)ほぼ無名に近く、ツアー自体もCarpark所属のフォークトロニカ系ミュージシャン、グレッグ・デイヴィスの前座という扱いだった。自分はどちらも知らなかったので、せめてグレッグ・デイヴィスだけは予習しておこうと思い、渋谷のタワーレコードの斜向いにあった輸入レコード店some of usに、当時の最新作だった『Curling Pond Woods』を買いに行ったのを覚えている。

というわけで、ほぼ予備知識もないままスタートしたアニマル・コレクティヴのライブだったが、実際に目の当たりにして、すっかり打ちのめされてしまったのである。そもそも4人組と聞いていたのにステージに現れたのは2人だけだったし、その2人がギターをかき鳴らしながら言葉にならない叫び声を上げ、ひとつの曲から次の曲へとモアレ状に型を変えていくような音楽は、少なくとも当時の自分にとっては、まったく経験したことのないものだった。実はこの日の1曲目に演奏していたのは、のちに彼らが伝説の英国シンガー・ソングライター、ヴァシュティ・バニヤンと一緒に録音する「I Remember Learning How To Dive」だったのだが、全く原型を留めておらず、その他は現在に至るまで、この日だけしか演奏されていない曲ばかり。「ライブは既に発売されている曲をステージで再現するもの」という自分の固定観念は、見事に覆されてしまったのだ。

Animal Collective at Shibuya Nest in Tokyo 2004. It was just the duo of Noah & Josh (Dave wasn't keen on flying to Japan). I remember they had a funny alt name for the duo "Noah's Ark" @anmlcollective @pandabear @carparkrecords @_Hitodama_ pic.twitter.com/DrIiqVoVcz— greg davis (@gregdavismusic) October 17, 20242004年、初来日時のパンダ・ベアとディーキン。
グレッグ・デイヴィスが2024年10月に投稿

もっとも、この時来日していたアニマル・コレクティヴのメンバーというのはパンダ・ベアことノア・レノックスと、ディーキンことジョシュ・ディブの2人だけであり、特別なセットリストも、ジオロジストことブライアン・ウェイツが大学院に通うためバンドから離れていたことや、飛行機嫌いで知られるエイヴィ・テアことデイヴ・ポートナーが来日を直前にキャンセルしたことによる、苦肉の策だったのかもしれない。それでも自分に衝撃を与えるには充分で、それ以来誰かに会う度に彼らのライブがいかに凄かったかを吹聴して回っていたのだが、ある日そんな噂を聞きつけた音楽雑誌から、6月にFatCatからリリースされるアニマル・コレクティヴの新作について、インタビューを依頼されることになったのである。

その新作というのが他でもない『Sung Tongs』だったのだが、実際にアルバムを聴いてみて、ライブで彼らから受けた印象は、良い意味で裏切られたと言っていい。特定のメンバーが参加していなくても”アニマル・コレクティヴ”という名義が変わらないのも彼らの特徴だが、エイヴィとパンダと、エンジニアのラスティ・サントスだけで録音されたそのアルバムには、インクレディブル・ストリング・バンドのようにフォーキーなアコースティック・ギターの爪弾きと、ビーチ・ボーイズのように美しいハーモニーが詰まっていたのだ(偶然にも、この2組はグレッグ・デイヴィスが先述した『Curling Pond Woods』でカバーしていた)。もともと60年代のロックが好きで、当時流行していたエレクトロニカのようなラップトップ・ミュージックや、テクニカルなポストロックに若干の閉塞感を抱いていた自分は、野性的でアヴァンギャルドでありながら親しみやすいメロディを持った彼らの登場に、正直救われたと言っていい。実際には、アルバムの冒頭を飾る「Leaf House」も父親を亡くしたばかりのパンダが空っぽの家を歌った曲だったりと、当時の彼らが立っていた苦境も反映されてはいるのだが、それがわかるのはずっと後のこと。のちにエイヴィの妻になるアイスランドのグループ、ムームのクリスティンについて歌った「The Softest Voice」や、飛行機嫌いのエイヴィが空港での出来事を歌った「Kids On Holiday」など、穏やかさと不思議な高揚感、ユーモアが同居したそのサウンドは本国アメリカでも驚きと賞賛を持って受け入れられ、音楽サイトのピッチフォークでも、アーケイド・ファイア『Funeral』に続く年間ベストの2位に選出されている。

そんな彼らの試みは、偶然にも同じヴァシュティ・バニヤンと共演したサイケデリック・フォークの貴公子デヴェンドラ・バンハートや、”ハープを抱いた歌姫”ことジョアンナ・ニューサムらを巻き込み、”フリーク・フォーク”、または”ニュー・ウィアード・アメリカ”と呼ばれる、一大ムーブメントへと発展していく。そのブームは多くの有象無象を生み出す結果にもなったが、当時は(意外にも)その括りに入れられていたスフィアン・スティーヴンス、グリズリー・ベア、そして初期のダーティー・プロジェクターズといったアーティストたちがその音楽性を発展させ、現代のアメリカを代表する存在になっていくことを考えれば、決して一過性の流行ではなく、飽和状態にあったシーンを再び作り直すための、地ならしのような期間だったと言えるだろう。それを証明するかのように、アニマル・コレクティヴはディーキンとジオロジストが復帰し4人編成となった2005年の『Feels』、ドミノ移籍第1弾となる2007年の『Strawberry Jam』とリリースを重ねるごとに進化を続け、評価を高めていくことになる。

『Merriweather Post Pavilion』ポップと実験の両立

そんな彼らがもっとも商業的に成功したのが、ビルボードで初登場13位を記録した2009年のアルバム『Merriweather Post Pavilion』だ。この間にも来日公演を2度実現させているが、ライブでは基本的に一度リリースされた曲は演奏しないスタイルを貫いていた彼らは、2006年の渋谷O-West公演ではリリース前だった『Strawberry Jam』からの新曲を中心としたパフォーマンスを披露。
ゆらゆら帝国を対バンに迎えた2008年のリキッドルーム公演でも「My Girls」や「Brother Sport」といった『Merriweather Post Pavilion』収録曲が既に披露されており、ライブを目撃した観客の間では、来るべきアルバムがとんでもない作品になるという確信は、リリース前から揺るぎないものになっていた。ギタリストであるディーキンが個人的な理由でアルバム制作に参加できなかった影響からか、エレクトロニクスとサンプルに比重を置いた一連の新曲は、のちにパンダ・ベアがダフト・パンクやジェイミーXXといったダンス系アクトの作品に次々とゲスト・ボーカリストとして参加することを予見するような、フロアライクなサウンドへと変化していたのである。

しかしながら実際にリリースされ、立命館大学の北岡明佳教授による錯視を利用した”動くアートワーク”も話題となったアルバムは、こちらの期待を遥かに上回るものだった。まるで海の底にいるような深いリバーブと、ロー・エンドを強調したドープでサイケデリックなサウンド。これはメンバーがデンジャー・マウスとシーロー・グリーンによるヒップ・ホップ・デュオ、ナールズ・バークレイの作品を聴いて依頼したというエンジニアのベン・H・アレンの手腕に依るところが大きく、アレンはその後ディアハンターやウォッシュト・アウト、ネオン・インディアン、ユース・ラグーンといったアーティストの作品に立て続けに起用され、そのサウンドが10年代のインディー・ロックを特徴づけていくことになる。そんな本作のもうひとつのサプライズが、アルバム収録曲中、唯一ライブで事前に演奏されていなかった「Bluish」だ。エイヴィによる耽美的でロマンティックな歌詞が印象的なこのラブソングは、2013年に初めてライブで披露されると、2020年に日本公開されたトレイ・エドワード・シュルツ監督の映画『WAVES/ウェイブス』でも印象的に使われ、今でもファンの間で人気の高い曲になっている。

アニマル・コレクティヴの衝撃 「人生を変えた」二大傑作とあまりにも濃密な5年間

『Merriweather Post Pavilion』当時のアーティスト写真

ノイズやアバンギャルド・ミュージックにルーツを持つ彼らにとって、”ポップ・ミュージック”を作るということ自体が最大の実験であり、そんな彼らの実験精神と大衆のニーズが一致したという意味では、『Merriweather Post Pavilion』をアニマル・コレクティヴの最高傑作とする大方の意見にも頷ける。しかしながら決して同じことを繰り返さない彼らは、その3年後にファンを振り落とすかのように混沌とした問題作『Centipede Hz』をリリースし、現在に至るまで、常に予測不能な活動を続けてきた。それゆえアルバムによって評価の浮き沈みこそあれど、大衆に迎合しないその姿勢と、妥協を許さない作品のクオリティは、常に一貫してきたと言えるだろう。

それでも2004年から2009年までの5年間が、彼らのキャリアの中で最も濃密で充実した期間だったことは、リアルタイムで経験してきた自分からしても間違いなく言える。その始まりと終わりを飾る作品が『Sung Tongs』と『Merriweather Post Pavilion』であり、それを初めて聴いた時の興奮こそが、今でも新しい音楽に夢中になって、聴き続ける動機になっている。


【関連記事】アニマル・コレクティヴの歩みを総括 「21世紀最重要バンド」の過去・現在・未来

アニマル・コレクティヴの衝撃 「人生を変えた」二大傑作とあまりにも濃密な5年間

『Sung Tongs』
2024年11月15日発売
国内盤CDボーナストラック:ライブ音源3曲
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14430

『Merriweather Post Pavilion』
2024年11月15日発売
国内盤CDボーナストラック:初CD化音源「From a Beach (BBC Session)」
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14431

2枚同時購入特典 (先着) :超限定オリジナルTシャツ
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14432

アニマル・コレクティヴの衝撃 「人生を変えた」二大傑作とあまりにも濃密な5年間

Animal Collectiveポップアップショップ
2024年11月15日(金)~12月1日(日)
タワーレコード渋谷店6階(TOWER VINYL SHIBUYA)
Tシャツ、フーディー、トートバッグなどの海外オフィシャルグッズや、メンバーのソロ・プロジェクトを含む過去カタログを販売
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14507
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