レディオヘッド再始動も噂されているなか、トム・ヨークと先駆的プロデューサーのマーク・プリチャードが手を組み、デュオとしてのデビュー・アルバム『Tall Tales』を〈Warp Records〉から5月9日にリリースする。4年にわたる秘密のコラボレーションについて、マークがその全貌を語った最新インタビューを前後編でお届けする。
こちらは前編。

マーク・プリチャード&トム・ヨークの『Tall Tales』は、2020年、パンデミックの真っ只中に始まった。

レディオヘッドは2016年以来アルバムをリリースしていないが、バンドのフロントマンであるトム・ヨークは、ジョニー・グリーンウッドとジャズ・ドラマーのトム・スキナーとのバンド、ザ・スマイルで3枚の素晴らしいアルバムを制作し、このところ、スタジオでのクリエイティビティに並々ならぬ勢いを見せている。そして2020年以降、トムはベテランのエレクトロニック・プロデューサー、マーク・プリチャードと素晴らしいニューアルバム『Tall Tales』を共作するという、もうひとつのコラボレーションに静かに取り組んでいることがわかった。このアルバムには、アーティストのジョナサン・ザワダによる極めてトリッピーなアニメーション・フィルムが収められており、近日中に1日限りの劇場公開が予定されている(※編注:日本公開は未定)。二人はすでに不穏なサウンドのシングル「Back in the Game」を発表しており、アルバムからの2ndシングル「This Conversation Is Missing Your Voice」が先日リリースされた。

幽霊屋敷のようなバラード「The White Cliffs」から、脈打つようなドラムレスの高揚感溢れる「The Spirit」(”I keep the spirit alive”とトムは歌うが、この曲は、『The Bends』以来、最も臆面のないアンセミックな瞬間のひとつだ)、そして「Gangsters」の8ビットな幻覚状態に至るまで、『Tall Tales』は、レディオヘッドのベストな部分を彷彿とさせるディストピア的なキックを備えたプログレ・エレクトロニックな音の旅という、トムのバンド外プロジェクトの中で最も完成度の高い形で実現されているように感じられる。現在オーストラリアを拠点に活動するイギリス人のマークは、このシンガーが熱狂的に重ねたボーカルにエレクトロニックな処理を施し、独自のシンセサイザー・パートを加えるなど、このアルバムのために、4年をかけてトムとトラックをやり取りした。

マークは、2016年リリースのトラック「Beautiful People」で既にトムとコラボしているが、このアルバムに関する初のインタビューで、レコードの制作、コラボレーションの性質、ライブパフォーマンスの可能性などについて掘り下げている。

マークとトムの出会い

ーあなたたち二人はもっと前にアルバムを作るべきだったように感じます。少し前に「Beautiful People」という素晴らしい曲を作ったことは知っていますが、あなたたちの出会いはどのようなものだったのでしょうか?

マーク:最初はリミックスの依頼だったんだけど、レーベル経由だったから、あの時点では直接の接触はなかった。その後[2012年]、レディオヘッドがオーストラリアのシドニーで演奏することになったんだけど、実は、僕の友人が彼らのセカンド・ドラマーになったんだ。
クライヴ・ディーマーのことなんだけど、彼はロニ・サイズやポーティスヘッド、ロバート・プラントのドラマーで、僕は何年か前に彼と仕事をしたことがあって、連絡を取り合っていた。彼は、「今はまだ言えないんだけど、あることが起こっていて、オーストラリアに来るかもしれない」と言った。 明らかに外に漏らしてはいけない話だったみたい。まあ、レディオヘッドでは、すべてが秘密にされなければならないからね。

それから、たしか、バンド全員が土曜日に休みを取ったんだよね。 これはかなり珍しいことだったようで、クライヴが、「バンドは今夜休みだから、君が演奏しているところを見に行きたいようだ」と言った。それで彼らは、僕とスティーヴ・スペイセックがアフリカ・ハイテックという名前でやったフェスティバル・セットの演奏を見に来た。翌日の夜、バンド全員と僕と僕のパートナーとでディナーに行って、その夜、僕はトムに正式に会った。ただ座って、数時間おしゃべりをして、その後、彼らのショーを両日見て、バックステージで時間を過ごした。その会話の中で、僕はこう言ったんだ。「近いうち、君に音楽を送ったら、何かやってくれる気はある?」って。そしたら彼は、「うん、何でもいいから送ってみて。
何か出来るかもしれない」と答えた。それで彼にいろいろ送り始めたんだけど、そのうちのひとつがアルバム『Under the Sun』からのシングル「Beautiful People」になったんだ。当時、彼は本当に忙しかったんだけど、3つか4つのことをしてくれた。僕は「Beautiful People」を聴いて、「これは素晴らしい、これを完成させてアルバムに入れよう」と言ったんだ。それからは時々メールで連絡を取り合っていたんだけど、それはちょっとした近況報告のようなものだった。

アフリカ・ハイテックのアルバム『93 Million Miles』(2011年)

ーこのアルバム制作はどのように始まったのですか? 経緯を教えてください。

マーク:たぶん2019年頃には、僕は次のアルバムをどんなものにしようかと考えていた。その時は、おそらくまたいろいろなフィーチャリング・ヴォーカリストを取り入れたアルバムになるだろうと思っていた。そして2020年に入り、当然ながらあのクレイジーなパンデミックが襲ってきた。皆がそれに適応しないといけなくなった。パンデミックが始まって数カ月経った頃、トムからメールが来たんだ。「元気にしてるかな。
すべてがマッドだ。家に閉じ込められてるから、もし何か音楽があったら送ってくれないか。外に出れないからさ」って。

それで2、3日考えた。「彼のために特別に何か書きたい」と思ったけど、やはり「書くのに時間がかかりそうだ。だったら今あるものをランダムに送ってみよう」と考え直した。完成に近い曲もあれば、ドラムのアイディアにいくつかの音を重ねただけの曲もあったし、アンビエントな曲もいくつかあった。それで、20くらいのアイデアをフォルダに入れて彼に送ったんだ。

後から知ったんだけど、その頃、彼はザ・スマイルの1stアルバムに取り組んでいたんだ。でも、ロックダウン中で、彼はそのアルバムのボーカルを書いている段階だったと思う。ある夜、彼は僕に連絡してきて、「この曲をやらせてくれないか」と言った。最終的にそれは 「Happy Days」になったんだけど、僕はただ、「うん、好きなようにやっていいよ 」と答えた。
その数日後、彼からメールが来て、「この14曲をやらせてくれないか?」と言われた。僕は、「イエス、好きなようにやってくれてハッピーだよ。とにかくトライしてみて」と答えたんだ。

さらに数カ月が経ち、彼は確認のメールを送ってきた。「僕のことを忘れないでくれよ。取り掛かるから」って。彼に送ったものは、デモ・スケッチのようなものが多かったから、僕はとりあえずこちら側でアイデアを練っていた。「これらを少し整理しておくのが賢いやり方だ 」と思ったんだ。その後、8月か9月に彼からメールが来て、「来週に最初のデモ・スケッチを送るよ 」と言われた。その後1週間にかけて、1日に2つか3つが送られてきたんだ。かなりナーバスだったよ。何を聴かされるのか見当もつかなかったからね。


初日に彼が送ってくれたのは、「The Men Who Dance in Stags' Heads」「A Fake in a Faker's World」、そしてはっきり覚えていないんだけど、たぶん 「This Conversation Is Missing Your Voice」の3曲だったと思う。この最初の3曲は本当に力強くて、彼が「(The Men Who Dance in)Stags' Heads」でやったような歌い方はこれまで聴いたことがなかった。彼があの音域で歌うのを聴いたのは初めてだった。

僕は、「アメイジングだ」って返した。それから彼は毎日2、3曲を送ってくれた。彼は歌詞に合わせてスケッチを書くんだけど、メロディをどこに置くか、トーンはどこなのか、そして彼自身はどこに位置するのかなど、同時にフックを探していた。スローにするべき曲もあれば、いろいろなものを取り除く必要のある曲もあった。彼はいろいろな方法を試して、歌ってみる必要があった。うまくいかない時は、それを僕に送り返す。僕が何かやってみる。僕たちはそういうやり方にフォーカスした。それをかなり長い間続けたんだ。


『Kid A』をエレクトロニック・アーティストはどう見た?

ー少し話を戻すと、『Kid A』がリリースされた当時、レディオヘッドは、あなたのような人たちが作っていたサウンドを活用した巨大なロックバンドでした。当時、エレクトロニカの世界では、それをいいと思った人たちもいましたし、ある種の疑念を抱いていた人たちもいました。レディオヘッドのサウンドの変化に対するあなたの最初の反応はどのようなものでしたか?

マーク:僕は好きだったよ。すでに『OK Computer』でも、その断片が少しは聴こえていたから、それほど驚きには感じなかった。多分、かなり早い段階で 「Idioteque」を聴いていたからだと思う。そしてそれは、本当に嬉しい驚きだった。素晴らしいパッドとフックのあるエレクトロニック・ドラムを使った、力強いエレクトロニック・ソングだった。僕は若い頃、インディ・ミュージックとエレクトロニック・ミュージックに夢中だったしね。だから何のショックもなかったし、実際、とてもいい試みだったと思う。彼らが(音楽のスタイルを)変えるたびに、僕はそのレコードを楽しんだし、そのことが彼らを本当に面白いバンドにしていると思う。ギターをもっと増やして欲しいという人もいたけれど、その後、彼らはギターを多く使った曲を作って戻ってきた。ミュージシャンにはやりたいことをやらせればいいんだよ。

ーでも、 Warpレーベルのファンには、少し侵害されたと感じていた人もいたと記憶しています。当時は純粋主義のような人も多かったかと。

マーク:ああ、想像できるよ。でもそれは、アーティストよりもファンの方が多かったんじゃないかな。なぜなら、彼らは自分たち自身を証明し、本当にうまくやったから。レディオヘッドに夢中になるような音楽ファンがいるということが興味深いよね。ヒップホップの人たちは、それをチェックして評価しているよ。音楽好きな人なら誰でも、彼らが自分たちのやっていることに本当に長けていて、何か違うことに挑戦しているのはフェアプレーだと理解できる。

僕の知っているエレクトロニック・アーティストたちで、「彼らは僕たちのものを奪っていった」と言っている人はいない。彼らはおそらく、レディオヘッドが自分たちがやっていることにインスパイアされたということに満足していると思う。もうひとつトムが話してくれたことで、とても興味深いと思ったのは、彼がエクセターの大学に通っていた頃、そこは僕が育ったイギリス西部の田舎からそう遠くないところなんだけど、彼は地元の大学でDJをしていて、その頃よく初期の〈Warp Records〉の作品をプレイしていたんだ。彼は、〈Warp〉の第一波であるナイトメアズ・オン・ワックスについて言及していた。ビッグ・ベースのブリープでクランキーな(ピーピーでガチャガチャな)テクノ・ミュージックなんだけどね。つまり、彼はその頃から〈Warp〉のファンだったんだよ。
ーそれは興味深いですね。人々は、彼がそのような音楽に目覚めたのはずっと後、『Kid A』の直前だと考えていましたから。

マーク:彼がオウテカやエイフェックス・ツインのファンであることは知っていた。なぜなら、彼ら(レディオヘッド)が[『Kid A』以前に]、Warpに、あるもの全部を送ってもらったという話が出ているからね。だから、彼らはそれにインスパイアされたんだよ。つまり彼はすでに(そのような音楽の)ファンだったんだ。

上:1994年、マークがグローバル・コミュニケーションの一員として発表した『76:14』
下:トム参加曲「Beautiful People」も収録した2017年のアルバム『Under the Sun』

ーあなたとトムがボーカル・トラックで、数多くの興味深いことをやったのは知っています。あなたが行ったトリートメント(処理)のいくつかを教えてください。

マーク:(自分が、というより)僕と彼との共同作業なんだ。彼の立場からすると、僕が作ったものに自分の声を合わせる方法を見つけようとしていたんだと思う。彼は自分の声で実験するのも好きなんだ。だから彼は自分のボーカルをモジュラー・システムに通していた。Zoomで彼と話しているとき、彼の背後にはモダンなモジュラー・ユーロラック型の巨大な壁があるのが見える。彼はそれを楽しんでやっていたんじゃないかな。 というのも、彼もまた、この作品には、今までと違うヴァイブを見つけようと感じていたと思うから。ザ・スマイルや他の作品と同じようなものにはしたくなかったと思うし、僕も明らかにコントラストをつけたかった。 だから、いくつかの(声には)手を加えたかったし、彼の声をそのまま残したかったものもあった。「Bugging Out(Again)」では、彼の声を[回転する]レスリー・スピーカーに通したんだ。ずっとやってみたかったことだったし、この曲はそれをやるのに最適だと思った。それで、イギリスにいる、数種類のレスリー・スピーカーを持っている友人にその曲を送って、そのスピーカーを通して、ボーカルを何度も録音したんだ。ディストーションがすごく出て、かなりランダムだから、なかなかやっかいだったけど、それがまたいい感じなんだ。

例えば、「Back in the Game」のように、僕がいじったら面白くなるかも、と思ったものもあった。彼はあのボーカルをとてもクリーンに歌っていた。エフェクトがまったくかかっていなくて、曲としては成立していたんだけど、「エフェクトをかけて、とにかくワイルドにしてみて」と彼が言ったんだ。「いろいろやってみてくれ 」って。だから、彼が僕に変えるように促したものもあれば、彼自身でやったものもあったし、ただそのままクリーンにしておいたものもあった。エレクトロニックなものだからといって、ボーカルを操作したものばかりにはしたくなかったし、それを懸念していたんだ。でも、彼はいろいろなことを上手くやってくれたし、間違いなく楽しんでいたよ。

それに、彼の立場からすれば、自分で今まで歌ってきた期間を想像していたと思うよ。彼は、自分の声を使ったり、違う方法で曲を書いたりすることにエキサイトできるような新しい方法を見つける必要があった。だから彼は、今回のプロジェクトでは普段とは違う方法で曲を書いたと言っていた。というのも、彼は普段歌詞を公表しないから。僕は、彼が歌詞を世に出すことを望んでいないと思ったけど、僕は自分のために歌詞が欲しかった。そうすれば、彼が実際に何を言っていたのか分かるから。それに、ビデオを撮っているジョナサンのためにもね。彼はメールを送ってきて、「実はこれを世に出して、アルバムに入れたいんだ 」と言ってきた。

ー「This Conversation Is Missing Your Voice」は、ロック・ソングとしての別の生命が聞こえてきますし、そのような雰囲気を感じます。

マーク:うん、あれはシンセサイザーのコードだけど、ちょっとインディーっぽい感じがするね。ギターは(使って)ないのにね。実はこの曲を弾き始めたとき、それがひっかかったんだ。ギターを入れようかと思ったけど、トムは反対だった。彼の頭の中では「俺はいろんなことをギターでやってきた。だからここではギターはいらない」って感じだったと思う。

制作プロセスの過程、レディオヘッドの今後

ーこの制作プロセスの過程で、あなたたちは直接会うことができましたか?

マーク:いや。僕たちはメールでやりとりをしていたんだけど、内容が上手く伝わらず、すぐにそれが困難であると気づいた。彼が何かをしてくれたことがあって、それがとても気に入ったから、「これは素晴らしい。よくやった」と書いたんだけど、彼はそれを「気に入らなかった」と解釈してしまったことがあって、それで、僕は「よし、Zoom で話そう」と言ったんだ。Zoom なら、相手が何を言っているのか、何について確信が持てないのかが分かるから、本当に助かった。

最初から最後まで、ナンセンスなことはなかった。お互いに意見が違うときは、喧嘩もした。彼が何かを主張して、それが正しいこともあれば、僕が正しいこともあったけど、いつも「どうすればこれがうまくいって、すべてにとってより良いものになるのか」ということが重要だった。彼はとても率直な人で、僕たちはすぐにお互いを信頼し始めた。くだらないことや、策略は一切なく、ただ正直な会話ができた。同じ部屋にいられたらよかったのだけど、ああいう状況だったから。知っての通り、僕は2年間オーストラリアを離れることができなかったしね。でも実際、それは問題ではなかった。彼は彼のやるべきことをやって、僕は僕のやるべきことをやることができたから。唯一の問題は、彼が家から出られず、特定のことをするためにスタジオに行くことができなかったということだった。でもそれ以外に問題はなかった。

ートムはレディオヘッドは続行中であるかのように話していましたか? そのことについて他のメンバーとも話しましたが、彼らは確信が持てないようです。

マーク:彼は絶対にその話はしないね。多分、それに関しては他言してはいけないからだと思う。でも、彼らは去年集まって、[リハーサルで]一緒に演奏した。だから興味深いよね。もし彼らが仲違いしたりしていたら、そんなことは起きなかっただろうから。僕は他のみんながそうであるように、推測することしかできない。みんな自分のやりたいことをやっているし、それを楽しんでやっている。レディオヘッドの次のアルバムを待ち望んでいるファンはたくさんいるけど、なるようにしかならない。彼らがそうすべきだと感じているのなら、タイミング的に正しいといえる。結局、すべてはタイミングの問題だと思うよ。ザ・スマイルは素晴らしいプロジェクトだと思う。前作には本当にキラー・ソングがいくつかあったし、それは、彼らがこれまでに作ったものと同じくらい力強い曲だった。

ーあなたのアルバムについても同じように感じます。

マーク:ありがとう。僕はただこれを世に出したいだけなんだ。人々にすべてを聞いてもらいたいんだよ。

From Rolling Stone US.

トム・ヨーク「新たな傑作」の全貌 盟友マーク・プリチャードが明かす制作秘話

マーク・プリチャード&トム・ヨーク
『Tall Tales』
2025年5月9日リリース
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14797
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