日常そのものがブルシットですよね、大変ですよねって気付かせてくれる
いとう:『脳天パラダイス』どうでした。
──凄い作品でした。言葉にするのが難しいというか、むしろ野暮になるんじゃないかなと感じる作品でした。
いとう:観て、それだけで十分みたいな(笑)。
──はい。あらすじを紹介しても伝わるのかな? と、ただ素直に凄い映画だから観て欲しいと言うしかないです。
いとう:今は僕も含めてみんながコストパフォーマンスを求めてしまって、ついついどんなシーンでも意味を求めてしまうんです。でも、この映画にはそういう所が1個もない、ゼロ!
──本当にそうなんです。最初に家族再生を匂わすんですけど、結局は…って。普通はどうにかしたいと思っちゃいますよね。
いとう:いかに我々が硬直しているかがよくわかりますよね。そういう意味でこの映画は解毒剤なんです。解毒剤は飲んで下痢しちゃう人もいる、効果がわからない人もいる。でも『脳天パラダイス』という解毒剤が心に効いて重荷がなくなる人もいると思うんです。
──本当にその通りで、観終わると悩んでいるのが馬鹿らしくなるんです。
いとう:馬鹿らしいよね(笑)。こんなのを真剣に作っている大人がいるんだって思うと悩んでいる時間がもったいない。
──そういう意味で、おっしゃる通りデトックス映画ですね。
いとう:我々はこういう映画を見てデトックスだと思わざる負えないほど酷くコストパフォーマンスの思想に捕らわれてしまっているんです。
──本来エンタメは、意味がなくてもいいものだと思うんです。
いとう:文化というか日々の暮らしも不要不急なんじゃないのかな。ほとんどがブルシット(たわごと・でたらめ)、そもそもジョブがそうだから。これはワザとブルシットをやっていくことで、日常そのものがブルシットですよね、大変ですよねって気付かせてくれるんですよ。今は映画鑑賞にも意味を求めてしまっていて、SNSで書くことを考えながら映画を観ちゃうでしょ。
──そういう行為こそ意味がないじゃないですか。どうしても書いている人のフィルターが入りますから。
いとう:でも、これはどう書いていいかわかんないと思うんです。ずーっとポカンとして、どうしようどうしようって。でもそれがデトックスに、マッサージになっている。
──そうですね。その訳が分からないけど良いっていうのがザ・サブカルという感じで、まさにLOFT的な映画でした。
いとう:プラスワンで15時間くらいしゃべるやつだよね。

感覚的なバランスは絶対あったうえで撮影しているんです
──最初の柄本(明)さんが銅像拝んでいるところから最高で、全員がキマッてしまってお葬式をするという。それを観てこっちもキマッてしまえばいいんだって(笑)。
いとう:そうそう。これだけ無茶苦茶をやっているのに消えた人はちゃんと帰ってきて、一応それぞれの結末をつけていて、なかなか倫理的なんですよ。
──だから、観終わったあとに暗くならないんですね。
いとう:結局、刺激のために何か血を出したりするのは気分が良くないものなんです。この映画はそんなことなく、最後はちゃんと収まっているんですよ。
──こんな質問もおかしいんですけど、脚本はあったのですか。撮影しながらライブに近い形で作り上げているんじゃないかなと感じたのですが。
いとう:ちゃんとあって、それどころかほぼ変わってないです。山本(政志)さんの演出で芝居は変えてますが、割とそのままで進んでいきました。あんな馬鹿なことになっているのに変えていないというのは、それぞれのバランスはあったという事なんです。撮り方はセッションでしたけど、感覚的なバランスは絶対あったうえで撮影しているんです。
──正に天才の仕事ですね。
いとう:山本さんはやっぱりすごい。例えば、盆踊りのシーンって異様に長いじゃないですか。でも見れちゃうの凄く音楽的だから。

──確かに。今、言われて気付きました。
いとう:やっぱり山本さんは音楽が好きでわかっている監督なんだよね。それは凄い大事なことですよ。
──流れている『ギガピンピン』も刺さる刺さる。
いとう:さすがOtoさんっていうね。全世界の音楽がちゃんと入っていて、それでも別に厚い音作りでもなくて、スカスカ感があって。大人が上手く遊びで作るな、さすがでしたね。
──それだけメチャクチャなのに人生が全部入っていましたよね。恋に破れて、SEXして、産まれて、結婚して、就職して、不倫して、離婚して、お葬式して。
いとう:確かに全部入っていますね。
──それがこの奇天烈な世界に入り込める要因の1つかなと思っています。
いとう:あと、特撮ですよ。ものすごい力の入った。
──あそこだけは別作品みたいでした。
いとう:ああいう短編なのかなって思うくらい素晴らしくて。あの特撮シーンはたまらないチープ感があります。
──わかります。それとは真逆のハンシャ役の人たちの本物感。
いとう:マジで凄かったから本物感が、これは素人じゃないなって思うくらいでした。いいのかなと思いながら撮ってました(笑)。
──毒を食らわば皿までじゃないですけど、この作品なら混ぜてしまえばなんでもありですよ(笑)。新郎新婦の首をアイスピックで刺しているわけですから。
いとう:凄いことやるよね。1回はみんなででっかく観たいな。インド映画と同じで鳴らしていいとか声かけていいとか、そういう上映がやったらいいのに。
──うってつけの作品だと思います。ただ残念なことにいま、声が出せないんですよね。
いとう:ああ、そうか。じゃあ、鳴り物で。
──逆にSNSを押した方がいい作品かもしれないですね。
いとう:なるほど。ちょっと明るくてもいい、「くだらない」ってつぶやいて楽しむ。

世界的な感覚を持っている人
──結局は人間だぜって、正義も悪もごちゃ混ぜになっているのも良かったです。
いとう:そうそう。そういった作品なんですけど極めて倫理的なんです。性差別的なことや性暴力的なことは一切ないんです。山本さんは世界的な感覚を持っている人なんだなと思います。
──確かに、それも凄い才能ですね。
いとう:意外とやっちゃうんです。でもこの映画ではない。LGBTQも普通に出てくるし、それに対する差別的な発言もない。そういう意味ではマイノリティに対する配慮もあって。共感があるんだよね。そのことは素晴らしいことだと思いました。
──その通りですね。仲間はずれがいないっていうのは素晴らしいことだと思います。
いとう:人間ってこういうのがいいよねって信念があるんだと思います。それが逆に自由でいいだろというところにも繋がっている。でもちゃんと気を使っているので、悪い意味のツッコミどころは無い。これは世界に出してもいい映画です。ローザンヌ映画祭でもとても盛り上がったそうですよ。
──海外の人の方がこういう作品に理解がありますからね。
いとう:そうですね。

凄くロジカルな人なんだなと感じました
──観てる側は嵐のような情報量でしたが、実際の撮影現場はどのような現場だったのですか。
いとう:もう、淡々と落ち着いて撮っていました。山本さんは凄くロジカルな人なんだなと感じました。本当にアドバイスも落ち着いていて素晴らしかったです。こちらがこうしたいということがあればそれを汲んでくれて、その場で組み立てを変えて、こうしましょうというのがすぐ出てくる方でした。実際に会う前はもっと暴力的なイメージを持っていたのでビックリしました。
──私もそういう方だと思っていました。
いとう:そう思いますよね。実際は冷静でロジカルな方なので、そこからあのクレイジーでパンクな世界が出来るっていうのが、面白かったですね。
──他のみなさんはどのような感じだったのですか。
いとう:みなさん、山本さんに対する信頼感がありました。どういう繋がりかはよくわからないけど、成立するんじゃないかということで、委ねていました。
──やはりバランス感覚が凄いんですね。
いとう:そうでないとあの長さであの群衆シーン撮れないですよ。インド映画が出来て、もう日本映画ではできないのかなって思っていたことが出来ていたじゃないですか。それは凄いことです。

──今は規制だらけでつまらないので、そこをぶち壊すという意味でも素晴らしかったです。「君たちもやっていいんだよ」ということを見せてくれたようにも感じました。
いとう:そういうことを感じて、あとに続いてもらえると嬉しいな。そのためにもお客さんが入って欲しいですね。理解して騒いでくれる、こういうのが映画の良さなんだよって人もいて欲しい。それが全部である必要がないけど、今はガチガチになっている世の中なので、こういう作品がきちんと成立していなければならないし、成立することが気持ち良いよ、みんなにとっても窮屈じゃないよ、と伝わってほしいですね。
──話しを伺って、改めてよくこれをまとめたなって感じる作品ですね。
いとう:脚本の段階で自分の決定の画がはっきり決まっていたんでしょうね。そうじゃなきゃ、この映画のパワーに自分が負けちゃいますから。よくわかんなくなるというのが山本さんにはない。凄い体力だし、知力があるから出来ることだよね。僕には到底、できない。
──無理です、普通は削ろうとしますよ。
いとう:お祭りの所とか切っちゃうよね。それを入れて膨らませてるんだけど、山本さんの中にはシーンとして動くという信念があるんです。
──バカ騒ぎして、あれだけ盛り上がっても、最後には「再婚しないから」とあっさりしていて。
いとう:そこがこの映画の白眉ですね。そういう話にはしない、なにも変わらない。

──これだけヤバイ奴ばかりで浮世離れしてるのに、どこかで地続きを感じるという。
いとう:そう、リアリティがないわけじゃないんですよ。
──そうなんです。私の好きなセリフが「長男なら死体くらい毅然と対応しろ」なんですけど、ヤバイことを言っているのに妙な説得力があって、それを言った父親は祭りの裏で博打を打っている、やばい奴なのにどこかに居そうな妙な説得力。
いとう:こういうダメな人は居るよね。
──この感覚をどう伝えるのかは、なかなか悩ましいところです。
いとう:あらゆるタイプの硬直をほぐす作品ということだと思います。今はいろんな規制が自分にかかっているから、それをほぐすことが出来る、それが『脳天パラダイス』(笑)。
──まさにタイトル通りなんです。改めて見直します。何度観て見ても理解できないので何度も観れるんです。
いとう:そうですね(笑)。「こうだったけ?」って観るごとに発見があるので、何回も観て欲しいですね。どこから観てもいい作品ですから。
──はい。それで、毎回いい感じだったなとデトックスします。
