日本語と中国語(116)-上野惠司(日本中国語検定協会理事長)

 日本語の専有物というわけではないが、日本語が擬声語・擬態語を豊富に有していることはよく知られているとおりである。

 擬声語というのは自然現象や人・動物などが発する音をまねて作った語のことで、「さらさら」「がらがら」「わんわん」「しくしく」などが、これに属する。
一方の擬態語もこれに近いが、擬声語が聴覚で捉えた音からなっているのに対し、擬態語のほうは視覚や触覚で捉えた感覚的な印象を音声化したものという性格が強い。「にやにや」「うろうろ」「ふあふあ」「ゆったり」「てきぱき」などが、こちらに属する。

 先の文化庁の調査で7割を超す人が誤って「腹を立てている様子」と答えた「憮然として立ち去った」の「憮然」や、「憤然」「猛然」「毅然」「超然」の類は、それぞれ「憮」「憤」「猛」「毅」「超」に漢語としての意味を有しており、その後に付く「然」はそれらを状態化して形容語を作っている。したがって、「憮然」や「憤然」を擬声語や擬態語の仲間として扱うことはできないが、先に指摘したとおり、私たちはこれらの語を必ずしも漢字一字一字の本来の意味に従って理解しているわけではない。むしろ、ブゼン、フンゼン、モウゼン、キゼン・・・・・・という音声に基づいてきわめて感覚的に理解しているという側面が強い。言い換えれば、これらの漢語は擬声・擬態語に似た性質を有しているのである。

 だとすれば、これらの漢語に基づく形容語が本来の用法から離れて、きわめて感覚的に新しい用法を生み出していく現象も、自然な流れとして理解できなくもない。

 先の調査には含まれていなかったようだが、もし調査をしたならまちがいなしに誤用が大半を占めると思われる語に「あっけらかんと」がある。手もとの辞典(『岩波国語辞典』第五版)を見ると、「(1)意外な事、意外な成り行きにあきれてしまって、(ぽかんと口をあけたまま)何の動作もせずにいるさま。(2)少しも気にせず、けろりとしているさま」としたうえで、それぞれ「――見とれる」、「叱られても――している」という用例を付し、後者を近ごろの用法としている。「誤用」とはせずに「近ごろの用法」として認めざるをえないのは、この使い方がすでに定着を見ているからであろう。

 この夏の全国高校野球大会を報じたA紙の記事にも、「報徳学園の近田は敗れてさわやかにほほ笑み、仙台育英の1年生左腕・木村もあっけらかんと笑った」とあった。
これが「近ごろの用法」なのであろう。

 「あっけらかんと」が、本来はあきれてしまってぽかんとしているさまという語に違いないことは、この語の古い形として「あけらほん」や「あけらぽん」が見られることからも、想像がつく。

 「あっけらかんと」が擬声・擬態語であるかどうかはともかく、先の漢語の「憮然」や「憤然」の場合と同じく、和語の場合もこういう感覚印象的な性格の強い語は、容易に本来の用法から他に転じるのであろう。(執筆者:上野惠司)

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