悩みは解決しようとするより"問い直す"。「死にたいと思い詰め...の画像はこちら >>

「『悩み』だとモヤモヤして終わりますが、それを『問い』にすると向き合いやすくなる。考えること、考えてもわからないこと、わからないことがわかることが、哲学への第一歩なのです」と語る関野哲也氏

健康、お金、仕事、人間関係――。

生きていく上でわれわれの悩みは絶えない。それらを解決することは難しいが、うまく向き合うことはできるかもしれない。

フランスで哲学の博士号を取得した後に双極性障害(躁うつ病)を発症した文筆家の関野哲也氏は、著書『よくよく考え抜いたら、世界はきらめいていた 哲学、挫折博士を救う』で、「死にたい」とまで思い詰めた人生をいかに哲学が救ったかを綴(つづ)る。難解なイメージの強い哲学を、日々の生活に落とし込む方法とは。

* * *

――まず、本書で書かれている「自己啓発」と「哲学」の違いが興味深かったです。

関野 自己啓発は「実用的」、そして哲学は「実存的」と比較するとわかりやすいですよね。

「実用的」=すぐに何かの役に立つもの。つまり、「こうすれば、こう解決できる」という答えがすでに見えているものだと僕は考えています。

例えば、人とのコミュニケーションに関する悩みの場合は「雑談力」にまつわる自己啓発本などを読めば、どういうアクションを起こせばいいかがわかります。

それに対して、「実存的」=すぐには答えが出ないもの。例えば、人間の存在や世界の構造について、よくよく考えてみるとまったくわかっていないことはたくさんありますよね。「愛」とはなんなのか、「働く」とはなんなのか、とか。

哲学はそのように、実存的なものを思考する営みです。

――日常の中の悩みにも、そうした哲学的な考えを用いることはできるのでしょうか。例えば、先ほどのコミュニケーションにおける悩みは現代を生きる誰もが抱いていると思います。

関野 他者とどう接したらいいかわからなかったり、うまく関係性を築けなかったり、生きていると悩んでしまうことってありますよね。中には自己啓発本を読めば解決できる悩みもあるかもしれません。でも、それでも悩みが晴れなかったら?

そこで僕は、もっと大きな視点で考えてみたらどうだろうか、と提案したいんです。

家族とケンカしてしまったなら「なぜ人はわかり合えないのだろう」、仕事でミスをしてしまったなら「なぜ人は間違うのだろう」と、悩みを俯瞰(ふかん)してとらえてみる。

個人的な悩みの視点からもう一歩引いて見て、「誰でも問える普遍的な問題」にスイッチを切り替えるといいんじゃないでしょうか。

――日常的な悩みを、哲学的に問い直すわけですね。

関野 とはいっても、仕事や家事、育児で毎日忙しくしていると、なかなかゆっくり考える時間も取れないと思うんです。僕自身も、工場で働いていると、目の前の仕事を一生懸命こなさなきゃならない日々の中で、哲学について考える時間は1日に2時間ほどあればいいほうです。やっぱり現代人は忙しすぎると思います。

そんな、とにかく時間がない社会だからこそ、すぐに役に立つ「実用的」な自己啓発と、じわじわ効いてくる「実存的」な哲学の二面について、本書の第1章に書きました。忙しい生活には実用的なことばかりが詰め込まれていて、本当に大事なことが見えなくなってしまう。

だからこそ、1日に1時間でも30分でもいいから、すぐには答えが出ない問題について考える心の余裕を持つことが大切なのです。現代人には、日常に余白がもっと必要だと感じます。

――しかし、まだまだ哲学を敬遠してしまう人は少なくありません。やはり、考えても答えが出ないモヤモヤと、どう向き合ったらいいかわからない人が多いからではないでしょうか。

関野 おもしろい問いですね。むしろ僕は、答えが出ない謎に突き当たると、ものすごくうれしくなるんです。対するものが「悩み」だとモヤモヤして終わってしまいますが、それを「問い」にすると向き合いやすくなると思います。考えること、考えてもわからないこと、わからないことがわかることが、哲学への第一歩です。

本書には書ききれなかったのですが、例えば「この問いについて、なぜ自分は問うているんだろう?」と考えてみることも手だと思います。こういう問いを持つことで、自分の中に隠されていた思い込みや偏見に気づくこともある。

一度その前提を疑い、繰り返し問い続けることで、元の悩みに対する答えが見つかることもあるかもしれません。「本当にこの問いは、考えるに値する問いなんだろうか?」と問うことも、ものすごく哲学をしているな、と僕は思います。

――そもそも私たちには、哲学のことについて話したり、日々のささいな問いについて他者と共有したりする機会が少ないのでは、と感じます。

関野 実は哲学って、人と話してみたら「すごくおもしろい!」っていう反応が返ってくることが多いんです。初学者向けの解説書もやはり哲学用語を扱うので、哲学の難解なイメージが拭えずに「私には関係のないことだ」と思われてしまうことが多いんですけど。ぜひ本書をきっかけに、哲学のおもしろさを知ってほしいと思います。

――哲学には難解で高尚なイメージがありますが、本書はわかりやすい言葉で書かれていて、哲学へのハードルを下げてくれる入門書だと感じました。

関野 まさに、高校生に向けて語りかけるように、なるべく平易な言葉で書くように心がけました。専門用語もできるだけ使わないようにしています。初めて哲学に接する人が読んでもとっつきやすい本を目指しました。

それでも「純粋理性批判」とか「ウィトゲンシュタイン」とか、難しい用語が出てくる章もあります。それらに関してはどうやって噛み砕けば読者にわかってもらえるか、もう一度その用語を自分の中に落とし込んで、自分の言葉にする必要がありました。僕自身も、書きながら哲学を学び直し、問いと思考を深める感覚でしたね。

日々の生活は苦しく、見聞きするのもイヤなニュースが飛び交う現代で、生きることに対して絶望したくなってしまう人も多いと思います。でも、そこで諦めるのではなくて、考えるきっかけにしてみる。問いを持つことから哲学は始まります。考え方の選択肢や道筋のひとつとして哲学を提案します。

哲学は、自己啓発のように「即効性のある薬」ではない。「人生にじわじわ効く漢方薬」なのです。その入門書として、ぜひ本書を手に取っていただけたらうれしいです。

●関野哲也(せきの・てつや) 
1977年生まれ、静岡県出身。哲学博士、文筆家、翻訳家。フランス・メッス大学哲学科学士・修士課程修了後、リヨン第三大学哲学科博士課程修了。専門は宗教哲学、言語哲学。特にウィトゲンシュタイン、シモーヌ・ヴェイユ研究。留学後、フランス語の翻訳者・通訳者として働くが、双極性障害を発症。その後、ドライバー、障がい者グループホーム、工場勤務などを経験。著書に、『池田晶子 語りえぬものを語る、その先へ』(文芸社)がある

■『よくよく考え抜いたら、世界はきらめいていた 哲学、挫折博士を救う』 
関野哲也 CCCメディアハウス 1870円(税込) 
20歳で哲学に魅せられ、フランスで博士号を取得するも双極性障害を発症。介護職や工場でのライン業務など仕事を転々とする中で、命とは何か、生きるとは何か、働くとは、死とは何かと問い続けた。日常を襲う悩みの数々を、哲学的な問いに変換することで救われてきた著者・関野哲也氏による、世界一易しい哲学の入門書。専門用語は最小限に、難解な哲学の論理をわかりやすく解説している、哲学への門戸を開いてくれる一冊

悩みは解決しようとするより"問い直す"。「死にたいと思い詰めた人生を哲学がどうやって救ったのか?」

取材・文/北村 有