「肉体が滅んでも意識は残り続ける?」 そんなSFのような世界...の画像はこちら >>

「死による意識の断絶に、恐怖を感じています。ですが、意識の謎を解明し断絶を回避することができれば死んでもかまわない」と語る渡辺正峰氏

死はいつか必ず訪れる。

死後の世界が存在しない限りは、意識もそこで途絶える。次の瞬間からは「無」が永遠に続き、そこでは断絶も永遠も、もはや意識されることはない。

思春期を迎える頃までには、誰もが一度はこのような「死」のイメージに取りつかれるのではないだろうか。しかし私たちの想像力は、「無」の向こう側を思い描くことができない。

実感の伴わない「死」をひとまずは知識として受け入れて、ふたをし、死があたかも自明のものであるかのように振る舞う。大人になるとは、根源的な問いにふたをすることなのかもしれない。

ところが科学や医学の世界には、大人になることを拒み続ける人たちがいる。人間の脳からコンピューターに意識を移し替えることで、意識の「不老不死」の実現を目指しているのが、神経科学者の渡辺正峰さんだ。

『意識の脳科学 「デジタル不老不死」の扉を開く』は、その研究の最前線を軽妙な筆致で綴った一冊だ。

* * *

――少年期に友達と死の恐怖を語り合ったことが、現在の研究の初期衝動になったそうですね。

渡辺 「不老不死を研究したい」とずっと思っていたわけではありませんが、死んで無に帰すことへの恐怖はずっとありましたし、今この瞬間にも感じています。

原子力工学科で核融合ロケットを研究したいと思っていたのですが、それがかなわず、ひょんなことからある研究室で人間の脳の働きをモデルにした人工知能の手法である「ニューラルネットワーク」をいじり始め、その研究室に入れてもらえることになりました。

そこで神経科学を学ぶうちに、少年期から抱いていた意識の謎と死の恐怖を、乗り越えられるのではないかと思うようになったんです。

今でも死による意識の断絶に、心の底から恐怖を感じています。それと矛盾するようですが、意識の謎を解明し断絶を回避することができれば死んでもかまわない、これも本気で思っています。

――脳内の意識を機械にアップロードすることで、「死」を回避できるとお考えなのですね。

渡辺 そうです。ただし、アップロードのためにいったん脳機能を停止して、機械に移してから再起動する、これまで提案されてきた手法では、死にたくないと思っている当の本人は、間違いなく死んでしまうので、それも回避したいと考えています。 

私が提案しているのは、左右の脳半球を分離し、それぞれを「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」を用いて機械半球と接続する方法です。BMIによって接続された2組の生体脳半球+機械半球ペアの意識を統合し、記憶の転送を行なうことで、ひとつの意識をもつ2組のハイブリッド脳が出来上がります。

やがて来る肉体の死によりふたつの生体脳半球が活動を終えると、生体と機械にまたがっていた意識は機械半球に移行します。そこで生体脳半球を切り離し、機械半球同士を接合すれば、ひとつの意識をもつひとつの機械脳が完成します。こうして死を介することなく、生体脳から機械脳へと意識の移管が完了します。

――生体脳半球から機械半球への移行は自然と起こるのでしょうか? 意識の半分が失われることにはならないのでしょうか。

渡辺 脳卒中などで片側の脳半球を喪失すると、両半球にまたがっていた意識が片半球に移行することがわかっています。片半球の喪失は半身まひや片視野の喪失などの重篤な後遺症をもたらしますが、この場合は機械半球が生体脳半球の機能を肩代わりしますので、理論上は何も失うことなくひとつの意識へと統合されます。

――BMIは頭皮に電極パッドをつけるといった間接的な方法ではなく、頭蓋を開けて物理的に接続するのでしょうか?

渡辺 脳内の情報処理を担っているのは「ニューロン」と呼ばれる1000億個の神経細胞で、脳の1㎜角には5万個ほどのニューロンたちがひしめき合い、ひっきりなしに情報のやりとりを行なっています。

残念ながら分厚い頭蓋骨越しにニューロンの活動すべてをアップロードするのは不可能で、なんらかの方法で頭蓋に穴を開けて接続する「侵襲」が必要です。

――脳に機械を直につなぐことはタブーではないのですか?

渡辺 脳侵襲技術の医療応用を巡っては、アメリカと中国のベンチャー企業がしのぎを削っていて、最も有名なのはイーロン・マスクが2016年に立ち上げたニューラリンク社です。

同社がまず開発ターゲットにしているのは、脳からの信号で駆動するロボット義肢で、脊髄損傷で手足が動かなくなった患者に提供することを目指しています。

また、頭蓋を開けたまま電極をつなぐことは、細菌による感染リスクを高めますが、無線化した電極を皮下に埋め込み皮膚を完全にふさぐ「無線皮下封印」の技術も、脳疾患の治療ですでに実用化され、パーキンソン病の治療などでは保険適用ともなっています。

BMIによる機械脳との接続も、現時点での神経科学の倫理基準で実現可能です。BMIの研究は副産物としてさまざまな症状や障害の克服をもたらすでしょうし、それらの成果がBMIの実証データになっていくと考えています。

――最終章では「ハードウエア面の開発は10年ぐらいで達成可能」とあり、そんなにも早く実現するのかと驚きました。

渡辺 アメリカや中国に負けないくらいに金銭的なバックアップがあれば、ですが。ただし「人間の意識のアップロード」には、さらにあと10年ほどはかかると思います。

私自身は機械に意識が宿ることを確信していますが、理論を実証するためには膨大な試行錯誤が必要であることは、かれこれ30年も神経科学の現場に身を置いていて痛感していることでもありますから。

――それにしても、体を失って意識だけで生き続けることは、人間にとって本当に幸福なのでしょうか?

渡辺 それについてはさまざまな価値観があるでしょうし、「意識の死」も選択肢として保証されるべきでしょう。本の中では、自由に出入りできる複数の仮想世界を作って、最もしっくりきた世界をついのすみかにすることを提案しています。

もちろんどの仮想世界も、「現世」で得た富や名誉の多寡が反映されない、誰にでも公平な社会でなければならないと考えています。

●渡辺正峰(わたなべ・まさたか)
1970年生まれ、千葉県出身。東京大学大学院工学系研究科准教授。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。専門は神経科学。著書に『From Biological to Artificial Consciousness』(Springer)、『脳の意識 機械の意識』(中公新書)、共著に『理工学系からの脳科学入門』(東京大学出版会)などがある

■『意識の脳科学「デジタル不老不死」の扉を開く』
講談社現代新書 1320円(税込)
人は死や、死によって訪れる意識の断絶への恐怖をどう克服できるのか? スーパーコンピューターに意識をアップロードすることで肉体が死を迎えても私たちは生き続けると神経科学者の著者は語る。しかしこれまで考えられてきた手法では危険が伴う。研究の末、著者はとうとう死を介さない意識のアップロードの秘策を考案する。意識はどのように生まれるのか? 不老不死は実現可能か? 生命科学最大の謎を解かんとする刺激的な一冊

取材・文/柳瀬 徹 撮影/幸田 森

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