近江佑璃夏 1999年生まれ、大阪府出身。フラッグフットボールチーム「Blue Roses」所属。
2028年ロス五輪の新種目に決まったフラッグフットボール。ひと言で説明するとアメリカンフットボールからタックルなどの接触プレーをなくし、腰に着けたリボン状のフラッグを取ることで相手の攻撃を止め、得点を争う競技だ。
このフラッグフットボールの世界選手権が8月下旬にフィンランドで開催され、女子日本代表チームが3位になった。キャプテンを務めた近江佑璃夏(おうみ・ゆりか)選手が銅メダルを獲得した喜びを語る。
「3位決定戦で勝った直後、観客席に挨拶しに行ったんです。そうしたら、何百人もの方々がすごく大きな拍手をしてくれました。今までこれほど多くの方から直接祝福されたことはなかったので、とても感動しました。
女子代表チームは世界選手権前の世界ランキングで3位でしたが、それは昨年のアジア選手権での優勝や直前の試合の成績が良かったからで、世界大会で戦って得たものではなかったんです。でも、今回の大会でランキングどおり3位の実力を示せたことで少しほっとしています」
女子代表チームの世界選手権での目標は決勝進出だった。しかし、準決勝のメキシコ戦で敗れ3位決定戦に回ることになる。
「メキシコには9点差で負けました。攻撃時に毎回点を取れていれば、守備のときに守り切れなくても基本的には相手と同点になるはずなんです(注:フラッグフットボールは攻撃と守備に分かれて戦い、自分たちの攻撃が終わると守備になる。
フラッグフットボールは、頭脳のスポーツともいわれている。攻撃時、プレーが止まるごとに選手たちが話し合って次の作戦を立てる。
近江選手(中)のポジションはワイドレシーバー(WR)。ボールを受け取ると相手ディフェンスを振り切ってゴールへと走る。スピードやジャンプ力、正確なキャッチングが必要だ
「女子代表チームの攻撃時の作戦は80以上あります。予選では、その半分以下しか使いませんでしたが、メキシコ戦ではすべてを使って勝ちに行きました。
Aという攻撃パターンを使ったら、次はAに見せかけたA'にしたり、A"があったり、日本チームは本当に作戦の種類が豊富なんです。それは足が速い選手やボールを遠くまで投げられる選手がいるからできることです。
そして、クオーターバック(QB)というボールを投げる選手が後ろに3歩下がったら投げるとか、5歩下がったら投げるとか、ボールを受け取るワイドレシーバー(WR)も何歩で受け取る場所に行くなど細かく決まっています。
ここまで細かく決めているチームは世界でもあまりないと思います。それが日本チームの強みのひとつなんですが、メキシコ戦では、攻撃時にボールを取るために走り込むスペースをかなり潰されてしまいました。
3位決定戦の相手はオーストリアだった。
「メキシコ戦から大きく変えた部分はなかったんですが、私としては〝勝てる自信〟しかありませんでした。それはまったく根拠のない自信なんですが、観客席で応援してくれている人たちの声がすごく力になったし、そんな私の根拠のない自信がほかの選手にも伝わっていたのかもしれません。
あの試合は『3位にならなくては』というプレッシャーはまったくなくて、本当に楽しんでプレーしていました。
実はフラッグフットボールの女子は、アメリカが断トツに強くて、2位以下の実力は本当に僅差なんです。ですから、今回の大会に向けて練習をたくさんしてきました。代表チームとしては4ヵ月くらいやってきたんです。たぶん、どの国よりも練習したと思います」
もしかしたら、どの国よりも練習してきたという思いが近江選手の〝勝てる自信〟につながったのかもしれない。
世界を相手に戦っていると、体格の差で不利になることはないのだろうか。
「個人的には、体格の差があってもスピードで負けなければ全然問題ないと思います。私が走っている前にボールを投げてもらえれば、相手選手は背が高くても触れないし、私が相手より早くボールを取ればいいわけですから。
一方で、守備のときには相手選手の背が高いとボールが通りやすくなります。そういう点では不利かもしれません。でも、相手の身長が高いということはフラッグのある位置も高いので取りやすいんです。
逆に身長の低い日本チームのフラッグは、相手の高身長の選手はかがまなくてはいけないので取りにくいという面もあります。
体格の差は確かにありますが、スピードだったり、作戦だったり、それ以外の部分で補えるところがたくさんあると思います」
世界選手権で3位になったことで、日本チームは来年行なわれる「ワールドゲームズ」の出場権を得た。
「ワールドゲームズでは、ベンチに入れる選手が12人から10人になります。日本チームは攻撃専門の選手が5人、守備専門の選手が5人と分かれるのですが、もし、ひとりでもケガをしたら、例えば攻撃専門の選手が守備をすることになります。
ですから、チームとしては攻撃も守備もできる選手が必要になってきます。メインポジションのほかにセカンドポジションもできるようになる。それが当面の課題かもしれません」
普段は仕事をしているため、練習は平日の夜や土日が中心となる。年内に3ヵ月ほど休職して、フラッグフットボール修業のためアメリカに行くという
実は、近江選手は年内にアメリカに渡り、現地のクラブチームでプレーする予定があるという。
「今年の4月に一度、ロサンゼルスに行ったんですが、フラッグフットボールの試合を毎晩のようにやっているんです。
最後に改めてフラッグフットボールの魅力を聞いた。
「毎回、いろいろな方に聞かれるので、いろいろ考えるんですけど、私が一番楽しいと思うのは、フラッグフットボールにはたくさんの作戦や戦術があって、それを相手に合わせてどう使おうかと考えているときです。ですから、見ている方に『あ、今度はこんな作戦で来たか』と楽しんでもらえるとうれしいです」
4年後、女子日本代表チームの胸には、今回と違った色のメダルがかけられているかもしれない。
取材・文/村上隆保 撮影/村上庄吾(インタビュー) 写真/日本アメリカンフットボール協会(試合)