二刀流復活から約1ヵ月半。"投手・大谷翔平"は防御率1点台という驚異的なピッチングを披露している。

2度目のトミー・ジョン手術を乗り越え、一段とパワーアップしたこの男はいったいどこまで進化するのか?

※成績はすべて日本時間 7月29日時点。

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■速度&強度が増したストレート

当初は「7月のオールスター明け」といわれていたが、約1ヵ月も前倒しで投手復帰を果たした大谷翔平(ドジャース)。7月29日までに6試合投げ、防御率1.50、イニング数(12回)よりも多い13奪三振を記録するなど驚異的な投球を見せている。

しかも、〝打者・大谷〟は7月下旬に自己最長となる5試合連続本塁打を放っており、まさに二刀流の本領を発揮している。

「2度目のトミー・ジョン(以下、TJ)手術を受け、さすがに以前の投球は難しいかもしれないという不安もありましたが、そんな懸念を吹き飛ばす衝撃的な内容です」

こう評価するのは、現役投手を指導するピッチングデザイナーで、『週刊プレイボーイ』本誌おなじみの野球評論家、お股ニキ氏だ。

「〝投手・大谷〟のキャリアハイは15勝9敗、防御率2.33をマークしたエンゼルス時代の2022年。MLBに挑戦した日本人投手史上でも最高到達点の出来でしたが、今季はそれに近いピッチングができています。

MLBはこの3年余りでテクノロジーの活用が進み、打者のレベルがさらに上がりましたし、ストライクゾーンもかなり狭くなり、まさに投手受難の時代。

そんな中、投手復帰直後のリハビリを兼ねた試運転の状態にもかかわらず、防御率1点台の投球ができていることに驚きを隠せません」

マイナーでの調整登板をせず、ぶっつけで投手復帰することを危惧する声も一部であったが、杞憂に終わった。

「大谷レベルならマイナー登板などしなくてOK。ドジャースとしても〝打者・大谷〟を欠くわけにはいきません。当初はライブBP(実戦形式の投球練習)をもっと実施する予定だったものの、体力的な厳しさを理由に大谷本人が志願するかたちでいきなりの実戦復帰となったようです」

特にお股ニキ氏が称賛するのは6月29日の復帰3試合目(ロイヤルズ戦)だ。

「MLB自己最速の101.7マイル(約164キロ)を計測するなど、160キロ台を連発。

2度目のTJ手術前より球質も上がっていました。さらに、私が『スラッター』と呼ぶ縦に鋭く曲がる90マイル(約145キロ)のスライダーも素晴らしかった。大谷自身も『バーチカル(垂直)スライダー』と呼んで重宝しているようです」

仮に、プロ入り後の日本ハム時代からエンゼルス1年目までの2013~18年(1回目のTJ手術の前まで)を「投手1.0」、エンゼルス3~6年目の20~23年(2回目のTJ手術の前まで)を「投手2.0」とするなら、2回目のTJ手術から復帰した現在は「投手3.0」と評したくなるほどのバージョンアップを見せている。

中でも、手術前を凌駕するストレートについて、もう少し掘り下げてみよう。

「以前は若干引っかけ気味で、マウンドから見て左下に沈み込みがちでした。そのため球速の割に打たれやすい球でしたが、今季のストレートはシュート幅が増えて右上方向へ伸びるように。球速が出るようになっただけでなく強度もあり、打者が差し込まれるシーンが増えています。

実際、今季はストレートの空振り率もかなり良く、ストレートに意識が向くほど、変化球もよけいに打ちにくくなる相乗効果を生んでいます」

ストレートの球速や強度がアップした要因のひとつと考えられるのが、新たな投球フォームだ。以前の大谷は走者がいてもいなくても、セットポジションで投げていたが、復帰後は無走者の際、左足を1歩引いてから投球動作に入る「ノーワインドアップ」を取り入れている。

「ノーワインドアップによって反動をより生かせるようになり、ホームベース方向へ進む『並進運動』が以前よりも速くなりました。

体重が軽い投手ほど並進運動を速くしないと球速は出ないものですが、大谷はそもそも体重があります。あの恵まれた体で並進運動も速くなったことで、軽く投げても球速と強度が出るようになったのだと思います」

■〝投手・大谷〟、進化の過程

では、「投手3.0」をさらに深掘りするため、「投手1.0」と「投手2.0」にどのような特徴があったのかを改めて振り返っておこう。

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2013~2018年 投手1.0 日本ハム時代からエンゼルス1年目まで。
MLB最強クラスのスプリットが最大の武器だった

「『投手1.0』は今よりも縦型のフォームで、スプリットはMLB最強レベル。スライドして左打者のインコースに落ちる『ジャイロスプリット』を投げていました。

また、横スライダーであるスイーパーも効果的だった半面、ストレートはあまり良くなく、MLB1年目は4勝2敗という成績でオフにTJ手術となってしまいました」

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2020~2023年 投手2.0 エンゼルス3年目から6年目まで。2022年には28試合登板、防御率2.33、15勝を記録した

2020~2023年 投手2.0 エンゼルス3年目から6年目まで。2022年には28試合登板、防御率2.33、15勝を記録した

そこから大きく飛躍を遂げたのが「投手2.0」だ。

「1回目のTJ手術からの復帰直後だった20年は正直良くありませんでした。しかし、21年から徐々に感覚を磨き、22年に覚醒。特に夏場以降、私が『大谷なら160キロのすごい球を投げられる』と推奨していたツーシームを投げ始めてから無双するように。

一方、スプリットはやや悪化し、MLBの機械判定ではシンカー扱いされることも増えました。その後、だんだんとスイーパー偏重になり、『ケガが心配』と警鐘を鳴らしていたところ、23年9月に2度目のTJ手術となったわけです」

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2025年 投手3.0 エンゼルス最終年の2023年9月に再手術し、ドジャース2年目の今年6月に再復帰を果たした

2025年 投手3.0 エンゼルス最終年の2023年9月に再手術し、ドジャース2年目の今年6月に再復帰を果たした

そして迎えた「投手3.0」は、前述のとおり、ストレートの球速と強度が増したほか、スラッターも抜群の切れ味を誇っている。一方、「以前よりも悪化した球」としてお股ニキ氏はツーシームを挙げる。

「今季のツーシームは引っかけがちで精度が不十分。大谷自身もそれを理解しており、投手復帰直後に試しただけでそれ以降はほとんど投げていません。

ちなみに、本格復帰前のライブBPで投げていた右打者の内角に食い込む変化球が『えぐいツーシーム』『ありえない魔球』とSNSで話題になっていましたが、あの球はスプリットです。スプリットの変化や精度が悪く、シンカーと混同されがちでしたが、徐々に感覚を取り戻しつつあります」

結果的に、スライダー、スイーパー、スプリットといった球種は現在どれもいい状態だという。

「スプリットは以前の『ジャイロ軌道』ではなく、シュート気味に。投手復帰直後はあまり落ちませんでしたが、だんだんと落差も出るようになっています。

個人的にはジャイロスプリットのほうが威力はあると思いますが、シュート成分を生かして右打者のインローに投げ切れれば、スライダーと対を成す球になり、これはこれで効果的です。

結局、ジャイロスプリットもスイーパーもスラッターも、すべて完璧を目指すのは難しい。今の投球フォームに合わせてトータルバランスを良くすることが最善の道と言えます」

最善のバランスを探る調整能力の高さも、大谷の魅力のひとつだ。

「球速や強度が以前より上がっただけでなく、イニングごとに組み立てをガラッと変えるなど変幻自在。スイーパーを多めにしたり、スラッターを多めにしたり、今はいろいろ試している段階のようです。

これだけハイレベルな投球を復帰直後の投手、しかも本塁打王争いをする打者がやってのけているわけですから、称賛されてしかるべきです」

■二刀流復活とドジャースの今後

1度目のTJ手術からの復帰ではすぐに大活躍とはいかず、覚醒までに2年近くを要した大谷。だとすれば、今回も本格的な活躍は来季以降となるのか? それとも前回の経験を踏まえ、今季後半の大躍進もありえるのか?

「ここまでの投球内容が相当いいので、スタミナが十分に戻ってくれば、22年以上の快投も期待できます」

その先に日本人初のサイ・ヤング賞受賞も見えてくる。

「この内容をシーズン通して続けられれば、当然可能性はあります。

史上初めて新人から2年連続でオールスターの先発を務めたポール・スキーンズ(パイレーツ)、2年連続でサイ・ヤング賞受賞の可能性が高まっているタリク・スクーバル(タイガース)らと肩を並べる存在になっています。

投手としてはザック・ウィーラー(フィリーズ)に似ていますが、2度のTJ手術を経て今季復活したサイ・ヤング賞2度受賞の現役最強右腕、ジェイコブ・デグロム(レンジャーズ)が目指すべき理想像だと思います」

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直近4年間は14勝、12勝、13勝、16勝と安定感抜群の投球を続けるウィーラー

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2018、19年に2年連続でサイ・ヤング賞に輝いたデグロム。2度のTJ手術を乗り越え、今季も快投を続けている

2018、19年に2年連続でサイ・ヤング賞に輝いたデグロム。2度のTJ手術を乗り越え、今季も快投を続けている

一方、投手復帰は〝打者・大谷〟、そして、チームにどんな影響を及ぼすのか?

「1番に大谷、2番にムーキー・ベッツという打順が固定されていましたが、2番ベッツが調子を崩していたことと、〝投手・大谷〟の負担も考慮して、『2番・大谷』が増えています。本拠地の場合、初回に投げ終えた直後に1番としてすぐ打席に立つのは明らかに大変そうだったので、いい変更だと思います」

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7月21日以降、ベッツ(左)と打順をスイッチし、2番打者として起用される機会が増えた

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ただ、今季は「25年ぶりのシーズン150得点」という偉業達成にも期待がかかっている。現在、100得点を記録しているが、得点数だけを考えれば1番のほうがいい、というジレンマも......。

「当然、打席が多く回る1番のほうが得点を稼ぐ機会は増えます。ただ、本塁打を打てば関係ありません。2番を打つようになってから本塁打のペースも上がっており、150得点は十分狙える数字です」

気がかりなのは、大谷の投手復帰後、ドジャースがなかなか勝てていないことだ。

「現段階で、大谷の投手復帰はドジャースの勝ち星に結びついていません。もちろん、大谷だけの問題ではないですが、大谷が短いイニングで登板する際は中継ぎ陣の負担が増えるのも確か。また、大谷の投球内容が良すぎるあまり、そのギャップで後続の投手が打ち込まれやすい、という影響も否定できません」

といっても、それはあくまでも短期的視点。ワールドシリーズ制覇という長期的視点に立てば、今は我慢の時期だ。

「恩師の栗山英樹さんが日本ハムの監督だった頃、『二刀流は優勝するためにあるんだ』と大谷に言っていたように、大谷が先発投手としてフル回転し、打者でも本来の力が発揮できれば、その恩恵は計り知れない。

そのためにも、〝投手・大谷〟にはキャリアハイだった22年のような投球、〝打者・大谷〟にはキャリアハイだった昨年のような打棒を両立させてほしい。大谷なら不可能ではないはずです」

昨季はワールドシリーズ制覇へ向け、9月に月間MVPを受賞する大活躍を見せた大谷。〝世界一連覇〟へ、二刀流フル回転を期待したい。

写真/時事通信社

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