まるでゲームの「ウイニングイレブン」じゃないか!

サッカー欧州選手権(EURO)で、前回王者にして2010年南アフリカW杯王者のスペインが披露した新システムが話題を呼んでいる。

予選グループB組初戦のイタリア戦、スペインはFWの選手を起用せず、4人のDFの前にシャビ、シャビ・アロンソ、ブスケッツ、イニエスタ、ファブレガス、シルバというテクニックに長け、状況判断に優れたMFを6人並べた“ゼロトップ”という「テストマッチやトレーニングですら試していない」(ファブレガス)システムで臨んだのだ。


いわば“暫定FW”のファブレガスがするすると自陣に下がると、相手DFがついていき、中央にスペースができる。すると、両サイドの高い位置で待機しているイニエスタ、シルバがここぞとばかりに進入してくる。

イタリア自慢の堅い守備陣“カテナチオ”も誰かの背中に張りつくという当たり前の守備をさせてもらえず、ボールを保持しながら最終ラインになだれ込んでくるスペインに場当たり的に対応するしかなかった。

つまり、スペインは最前線を意図的に“留守”にすることで、つねに中盤に5対6(イタリアの布陣は3-5-2)の数的優位をつくり出したわけだ。

両サイドバックまでパス回しに加わり、ウイイレでいうと「○ボタン」で出すような確実なパスがいくつも重なり、スペインサポーターからは「オーレ!」の大合唱。終始ポゼッション(支配率)と主導権を握って試合を進めていた。


ただ、細かいことを言うと、ウイイレと決定的に違うのは、選手がポジションチェンジを繰り返し、イタリア守備陣のマークの受け渡しが遅れたところで、そこにスペインの選手数人がボールとともになだれ込めることだ。頻繁なポジションチェンジでギャップをつくるプレーはまだウイイレでは開発されていなかったはず。

それでも相手はイタリア。したたかに相手のよさを消すサッカー大国である。中盤から執拗にボールを追いかけ回し、スペインのボール回しを大幅に制限。さらには密集を抜けたMFピルロが鋭いスルーパスを出して先制点を奪ってしまった。
狭いエリアに密集して攻めるため、ボールを失うと一気にカウンターをくらうのがゼロトップの難点といえば難点。それを見抜いたピルロの速攻はあっぱれのひと言だった。

しかし、スペインはそれで慌てず、むしろパスのスピードとテンポをもう一段階上げてきた。そして、ファブレガスの同点ゴールはシャビ、イニエスタ、シルバとすべて5m以内の短いパスが重なって生まれた。

狭いところにボールを入れる勇気と、そこでキープできる技術、さらにはゴールへ向かっての道を開くアイデアと遊び心、ゼロトップを構成する要素が凝縮されたゴールだった。

この常識破りの新システムについて、試合が引き分け(1-1)に終わったこともあり、レアル・マドリードのモウリーニョ監督が「貧弱に見えた」と指摘するなど、現地では疑問や批判の声も上がったが、試合を観てい多くのファンは「面白い」と歓迎ムード。


スペインは続く予選グループの第2戦(vsアイルランド)、第3戦(vsクロアチア)で、1トップの位置に当たり外れの激しいFWフェルナンド・トーレスを先発起用したが、いずれも後半途中からゼロトップに変更し、試合を決定づける得点を奪った。デル・ボスケ監督も「新しいオプションを得た」とご満悦だ。

EUROという大舞台でもぶっつけ本番の新システムを使いながら勝ち上がってしまうのが、スペインの王者たるゆえんか。いつゼロトップを敷いてくるのか、クライマックスに向けての大きな見どころだ。

(取材・文/竹田聡一郎)

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