累計120万部を突破した『燃えろ!新日プロレス』シリーズ。11月22日に発売された第30号は、アントニオ猪木の「闘魂外交」の結晶、北朝鮮「平和の祭典」大会を特集する。2日間で38万人の大観衆を動員した歴史的大会の舞台裏で何があったのか。大会2日目、北斗晶とのシングル戦で男子に劣らぬ激闘を繰り広げた“女帝”ブル中野氏に、平壌の思い出を回想してもらった。

■女子プロレスに19万人が大興奮!

1995年4月28、29日、アントニオ猪木率いる新日本プロレスは北朝鮮・平壌で「平和のための平壌国際体育・文化祝典」(通称「平和の祭典」)を開催。巨大な綾羅島(ルランドー)メーデー・スタジアムに、2日間で計38万人といわれる大観衆を動員した。猪木vsアメリカの超大物リック・フレアーのメインイベントのほか、蝶野正洋、橋本真也、スコット・ノートンらトップ選手が参戦。また、初めて女子レスラーが新日本のリングで試合をした歴史的な大会でもあった。ブル中野氏が振り返る。

「当時、私はアメリカのWWFに参戦中でニューヨークに住んでいました。そのとき猪木さんが日本人コミュニティで講演をされました。そこでお会いしてお話しするうちに、『じゃあ、北朝鮮に行くか』と声をかけてくださり全日本女子プロレスの選手を集めました」

―当時の北朝鮮といえば、今よりもっと謎の多い独裁国家のイメージ。怖くなかったですか?

「知識がない分、逆に怖くはなかったですね。名古屋からのチャーター便で飛んで、上空から平壌の街並みが見えてきたとき、鮮やかなマスゲームとは対照的に色のない国だなぁと思いましたね。灰色の街並み。空港には職員しかいなかった」