高校2年生、16歳のスプリンター・桐生祥秀(きりゅうよしひで/京都・洛南[らくなん]高)が、にわかに注目されている。

最初に観客を驚かせたのは10月5日の「ぎふ清流国体」。
少年男子A100m決勝で、2位以下を大きく引き離してゴールしたタイムが10秒21という日本高校新&ジュニア日本新記録だった。それまでの記録は、今年4月の織田記念陸上で高校3年の大瀬戸一馬(おおせとかずま/福岡・小倉東[こくらひがし]高)が出した10秒23。

この日、大瀬戸は故障のため予選落ちし直接対決こそできなかったが、記録で上回ったのだ。しかも、これはユース(17歳以下)世界最高記録を0秒02上回る記録であり、追い風わずか0.1mという条件での記録だけに価値は非常に高かった。

「準決勝ではインターハイの敗戦が頭に残っていてスタートで1回フライングしたが、決勝はそれを考えずに臨んだ。自分はスタートが得意ではないので、一歩目をみんなから遅れずに出せればいいと思うと、いいスタートができた」と本人は語る。
中盤からスムーズに加速しての好記録。「時計が間違っているのではないかとビックリした」という桐生だが「まだ後半は力みがあったので、それを改善していけば記録は伸ばせると思う」とも話していた。

その言葉の正しさは1ヵ月後の11月3日に証明される。静岡県で行なわれた「エコパトラックゲームズ」の部門B(中3~高2)の決勝で追い風0.5mのなか、国体以上のスムーズな走りを見せて10秒19と、日本高校記録とジュニア日本記録、ユース世界最高記録もあっさりと更新したのだ。さらに、一般男子4×100mリレーにもアンカーとして出場し、爆走。39秒64の日本高校記録樹立に貢献した。


そんな“17歳以下世界最速の男”桐生祥秀の道のりは華やかなものでなく、地道に努力を重ねたものだった。小学生時代はサッカー少年。ゴールキーパーをやっていたが、滋賀県の彦根(ひこね)南中への進学を機に陸上を始める。中学時代は腰やハムストリング筋を痛めるなどしてベストタイムは10秒87。全国中学大会も200mこそ2位になったが、100mは決勝進出を逃した。

「高校へ入ってからはまず体のバランスを整えました。
サッカーでも右足ばかりで蹴っていたから……」と言う桐生はトレーニングの成果もあり、高校1年で10秒58まで記録を伸ばした。そして今年5月の国体選考会で10秒48を出し、その1週間後の高校総体市内ブロック大会では10秒27と一気に記録を伸ばしたのだ。インターハイは腰を痛めて100m4位、200m7位にとどまったが、その鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように国体で大記録を叩き出し、ブレイクした。

彼の速さの秘訣(ひけつ)は軸がまったくブレない走り。本人も30~60mの動きとトップスピードには自信を持っていると語る。それに加えて

「以前はスタート直後に顔が上がったが、それを30~40mまで下げているのを目標にしている」と、序盤の加速力も改善。
高速ピッチに頼り気味だった走りが、スムーズで大きさを持つようになった。

さらに、身近に強烈なライバルがいたことも大きい。同学年には100mと200mで日本中学記録を樹立した日吉克実(ひよしかつみ/静岡・韮山[にらやま]高)がいて、1学年上には大瀬戸。そして3学年上でロンドン五輪に出場し、準決勝進出を果たした山懸亮太(やまがたりょうた/慶應大)も、記録に対する意識の壁をドンドン破ってくれている。そんななかで彼も記録への意識を高める存在になった。

それでも彼は「世界と戦った人がどんな走りをするのか知りたいので山懸さんと一緒に走ってみたい気持ちもあるが、まだ高校生なので来年もインターハイをメインにして自己記録を更新したい」と、好記録に浮かれることなく足元をじっくり固めようとしている。
謙虚に練習を重ねようとするその姿勢は、日本人初の9秒台への夢を大いに感じさせてくれる。

(取材・文/折山淑美)

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