2002年、自主制作作品『ほしのこえ』で監督、脚本、作画、編集などのアニメ制作におけるほぼすべての工程を自分ひとりで担当するという偉業を成し遂げ、アニメ業界を震撼させた新海誠監督。

その後『雲のむこう、約束の場所』では、『ハウルの動く城』を抑えて第59回毎日映画コンクールアニメーション映画賞を受賞。
さらに、心を通わせていた少年少女が大人になり、すれ違っていくさまをセンチメンタリズム全開で描いた『秒速5センチメートル』で、その人気を不動のものとした。

新海監督の真骨頂は、その超絶美麗な映像表現にあるといわれているが、一昨年公開の『星を追う子ども』ではジブリを彷彿させるファンタジックな世界観を描き、表現の幅の広さも見せつけた。そんな新海監督が、満を持して送る最新作『言の葉の庭』が今月31日より公開。この絶好のタイミングで、新海監督の魅力を洗いざらいぶちまけたいと思います!

■非モテ&オタク層から絶大な支持!

―新海監督は、同じくアニメーション監督の細田守監督らとともに“ポスト宮崎駿”なんて呼ばれることもあると思いますが?

新海 そうなんですかね? 今のところ僕の作品は、知る人ぞ知るというポジションだと思ってるんですよ。マイナーな映画を見つけて、同じ感性を持つ仲間内でシェアするのが好きな人たちが目をつけてくれるような。ただ今回の『言の葉の庭』は、今まで僕の作品に触れてこなかった20代、30代の女性なんかにも観てほしいですね。


―新海監督の作品は、私ことライターTのように中二病をこじらせたまま大人になった非モテ&オタク層に絶大な人気を得ていると思っております! ですから僭越ながら、学生時代から恋愛至上主義で、今もやれ合コンだ婚活だ、やれピラティスだ、やれパワースポットだとかいう恋愛強者の女性には、新海監督の繊細な心情表現が理解できないのではと心配で!

新海 いえ、今作はそういった従来の僕のファン以外にも届くように作っているんですよ。ただ確かに、風景がきれいなアニメを「新海作品みたいだ」と言ってくれる方もいれば、童貞臭がする物語とかハッピーエンドじゃない物語も「新海っぽい」と言っていただけることもありまして(笑)。そういう童貞くささとか悲劇性を求めている人からすると、昔からリア充の人には僕の作品が伝わらないだろうと思われるのかもしれませんね。


―まさしく! 『秒速5センチメートル』の踏切のラストシーンを思い出してください! 逆説的ではありますが、あの男女の心のすれ違いは、学生時代に恋愛とは遠いところにいた人ほど感傷に溺れるはず!

新海 過去作品の中では一番『秒速5センチメートル』にテイストが近いと思うんですが、今回の『言の葉の庭』のほうが、よりラストにこだわりを持って作りました。実は『秒速5センチメートル』を観た方の感想で、「なんであんな悲しい結末にしたんだ!」というご意見がけっこうあったんです。

僕としてはそこまで悲劇的に描いたつもりはなかったんですが、意外とショックだったという声が多かったので、これは今作で責任を取らないとと思いまして。
そういう意味で『言の葉の庭』は、ただひたすら明るい結末ではありませんが、僕の意図を明確に伝えられる演出にしたつもりです。

―確かにふたりの関係性に光明が差すようなラストでした! でも個人的にはもっと悲惨な結末でもよかったのではと思います!

新海 そういうものですか。でも非リア充の方でも、両思いになるのは難しくても、片思いすることはできるじゃないですか。ですから、そういうTさんみたいな方は現実の女性に思いっきり失恋してください。そちらのほうがよっぽど傷つくことができると思いますよ(笑)。

―うわー、おっしゃるとおり! ちなみに私Tは中高生の頃が暗黒時代でして、6年間通しての女子との総会話数は約10回、総会話時間は約5~10分程度でした。
大変失礼ながら新海監督にも同じにおいを感じていたのですが……?

新海 コミュニカティブ(話し好き)で何人もの女のコと付き合っていたりなんてことはなかったですが、逆に女のコとの総会話時間が10分で、その鬱積を創作活動にぶつけていたとか、そういったこともなかったんですよ。残念ながら中途半端な学生生活でした(笑)。両極のいずれかに突き抜けていれば、ネタとして面白かったんでしょうけどね。

―私Tは恋愛への欲望をこじらせすぎて、エロゲーを自作しておりました(キリッ)。

新海 へ~。でも実は僕も学生時代に自分でプログラムを組んで、RPG作ったり、ちょっとしたエロゲーを作ったこともありましたよ。
自分ではこじらせている自覚はなかったので、ナチュラルに趣味としてやっていたんですが……。これは突き抜けてることになりますか?(笑)


■エロゲーを作ってた15歳の僕に見せたい

―新海節ともいえる、ほんの~り甘くて、死ぬほど酸っぱ苦しい物語は、そんな学生生活があればこそだったんですね!

新海 『秒速5センチメートル』と『言の葉の庭』には共通して“男女が同じ速度で人生を送れないのはありふれた出来事”というメッセージを込めています。お互い好意を抱いていても、思いの強さやタイミングは得てしてバラバラ。『秒速5センチメートル』は転校によって物理的な距離が離れましたが、『言の葉の庭』では15歳の少年と27歳の大人の女性という年齢差で“距離”を表現しました。

―わかります……! 自分がいくら好きでも、相手の女性が同じように好きになってくれないなんてことはザラです、ザラ(涙)。

新海 そういう切ないけれど、現実には多分に起こり得る関係性を僕はずっと描いてきたんだと思います。
自分の好きな気持ちと同じように相手の女のコが思ってくれればハッピーエンドでしょうけれど、そんな都合のいいこと、そうそう起こらないですよね。……あれ、それともけっこう世の中の人には起こっているんですか?

―聞くところによると、リア充の方々には割とサクッと起こっているもようです!(涙々)

新海 あ、そうだったんですか。僕は自分の作品で、傷つきすぎるナイーブな人たちを、少しでも励ませればと思っているんです。達観した大人から見れば瑣末(さまつ)なことでも、思春期の彼らは毎日必死で息継ぎをして、必死に泳いで(生きて)いるわけで。

―なるほど。逆に大人になると、男女の惚れた腫れたではいちいち動じなくなる人も多いですよね。


新海 心の表面が硬くなり、鈍感になってしまっているのかもしれないですね。でもそういう人って、かつてナイーブすぎたゆえに、鈍感になってしまっているんだと思うんです。まぁ今の僕がそんな状態なんですが(笑)、そういう人たちにも観てもらいたいですね。

―学生時代から今まで、常に恋愛が充実していたリア充は、そのどちらでもないような……。

新海 そういう常に健やかな精神状態のリア充の方は、アニメを観なくてもいいんじゃないですか(笑)。僕の作品は救いを必要としていない人には不要なものかもしれません。ただ言えるのは、今ここに15歳の僕がいたとしたら、彼にとって『言の葉の庭』はきっと救いになる作品だと思うんです。

―私は救われました!

(取材・文/昌谷大介 武松佑季[A4studio] 撮影/高橋定敬)

●新海誠(しんかい・まこと)


1973年生まれ。2002年、ほぼすべてをひとりで制作した『ほしのこえ』で注目を集める。その後発表した『秒速5センチメートル』なども好評で、新鋭のアニメ映画監督として高い評価を得る

■『言の葉の庭』


ある雨の日の庭園で出会った、靴職人を目指す15歳のタカオと、居場所を見失い歩みを止めてしまった謎の女性、ユキノ。雨の午前中にのみ約束のない逢瀬を繰り返すうち、ふたりは次第に惹かれ合い、タカオはあることを決意する。水面を打つ雨をはじめ密度のある映像に、万葉集や年の差恋愛のエッセンスを盛り込んだ繊細な人間ドラマ

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