16日に行なわれた甲子園の3回戦、鳴門高校(徳島)が盛岡大付属高校(岩手)を11‐9で退け、ベスト8へと駒を進めた。

試合後のお立ち台に上がったのは、1本塁打を含む4打数3安打で3打点を挙げた中山晶量(てるかず)。
「本日のヒーロー」が得意げに記者陣の質問に答えている隣で、鳴門の森脇稔監督は“笑撃”の事実を明かした。

「本当は、バントのサインやったんですよ…」

4回表、鳴門は盛岡大付に0-1とリードを許していた。ノーアウト一塁のチャンスで打席には甲子園初スタメンとなった「6番・ライト」の中山を迎える。身長185cm、体重85キロの大型選手で普段は代打の切り札だ。

「長打を期待していた」(森脇監督)とはいえ、展開を考え、指揮官は送りバントを指示。ところが投手が投球動作に入っても、一向にバントの構えをする気配がなかった。


「あ、間違えとるなと思いましたね」と森脇監督が振り返れば、一塁走者だった佐原雄大も「急に打ち出すから焦りました」と笑う。

監督、チームメイトが困惑する中、目の覚めるような快音が甲子園に響き渡り、打球はレフトスタンドに突き刺さる。「どうだ」と言わんばかりの顔でダイヤモンドを一周してベンチに戻ってきた中山に対し、森脇監督はニコリともせず質問した。

「サイン、なんな(なんだった)?」

中山は、その質問の意味すら理解していないようだったという。

「わかっとらんのですよ。天然なコなんで。
話しても大きな声で、ぱーぱー喋っとるだけですから。もう、ゾーンに入るというか、打つと決めたら何も目に入らなくなっちゃうんでしょうね」

結果的にその2ランで火がついた打線は4回だけで大量5点を奪い、試合の主導権を握った。当の中山はバントのサインを見落とした理由をこう語る。

「サインを見ている時に、審判の人に早く打席に入るように言われて、一瞬、目を切ったんです。そうしたら、サインを飛ばしてしまった」


状況的にバントのサインが出るとは思わなかった?

「はあ…」

何を聞かれているのか、わからないような顔をする。そして、元気よく言った。


「全然、気づかなかったです!」

サインミスをした後ろめたさなど微塵(みじん)も感じさせなかった。そんなキャラクターもあり、チーム内における「中山伝説」は枚挙にいとまがない。

徳島大会では、三塁走者が中山の時にスクイズのサインが出た。本来、三塁走者は相手バッテリーに気づかれないよう、投手の踏み出す足が地面に着くか着かないかというタイミングでスタートを切らなければならない。

ところが、中山は足を上げた瞬間に走り出してしまったため、捕手に気づかれて簡単に外されてしまった…。同じ3年生で控えの佐藤元春が呆れたように言う。


「アイツ、打つことしか考えてないんですよ。昨日は外野ノックの時、ファウルグラウンドを守ってましたから」

それには試合前、森脇監督も「ファウルグラウンドを守るなよ」と釘を刺したほどとか。

「とにかく位置取りが悪いんですよ。選手が他におらんので、守備には目をつむって使わないかん」(森脇監督)

鳴門の部員数は出場校中で下から2番目の45人だ。しかも、34人で最小のクラーク国際(北北海道)は全国から部員を募集しているのに対し、ほとんどが地元・徳島の出身。ベスト8まで勝ち残った高校の中では唯一の公立高のため、部の推薦枠も5人程度しかない。


「そら、難しいですよ、この条件で勝つのは」

そう言いながらも、森脇監督の表情には充実感がにじむ。そんなチームカラーだからこそ、厳選されたメンバーで戦っているチームでは考えられないような奇跡も起こるのだ。

開幕試合を制し、勢いに乗った鳴門は2回戦で春の王者・智辯学園(奈良)から金星を挙げた。そして「渦潮打線(鳴門)」と「わんこ蕎麦打線(盛岡)」の激突ということで注目を集めた3回戦は、乱打戦の末に渦潮が蕎麦を飲み込んだ。

18日の準々決勝で高知の名門・明徳義塾に破れ、甲子園を去ることになったが、鳴門は3年ぶりにベスト8まで進出。それを決める勝利を呼び込んだのは、天然スラッガーの「会心の勘違い」だった。


(文/中村計 撮影/大友良行)

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