田臥は目線でフェイントを入れてブロックに飛ばせ、ノーマークになったチームメイトにスピードのある、しかしキャッチしやすいワンバウンドパスを送った。そのパスを受けたチームメイトがレイアップを沈め5点差に。この得点が栃木の勝利を決定づけた。
はるか昔、田臥に「ナイスパスとはどんなパスか?」と聞いたことがある。ノールックパスが代名詞の彼に「意表を突くパスです」という回答を期待したが、答えは違った。
「チームメイトが取りやすいパスです」
こんな能代工時代の伝説がある。体育の授業でバスケが行なわれた。得点王になったのは、田臥のチームメイトで、その日までバスケの授業で1点も獲ったことがない背の低い柔道部員だった。“能代発NBA経由栃木着”の男のパスは、いつの時代も優しい。
85-79の最終スコア。試合終了のブザーが鳴った直後、顔をクシャクシャにしながらチームメイトと抱き合う田臥を見て、能代工時代の面影を見たファンも多かったはず。この日、能代工業で3年連続3冠を獲得し、日本中を熱狂させたバスケ小僧が20年の月日を経て、再び日本中のバスケファンを歓喜させた。
試合後、たったひと言だけ言葉を交わせた。「素晴らしい試合でした」。そう伝えると、田臥は誇らしげに言った。
「ありがとうございます。チームメイトとファンのおかげです」
日本で一番バスケットボールが好きな男は、こういう男だ。だからこそ、彼のパスはどこまでも優しい。
(取材・文/水野光博 写真/アフロ)