物価は手頃で、人は優しく、気候もいい。そんなタイ・バンコクの巨大歓楽街で、風俗店にどっぷりハマる男たちの話は別に珍しくもないだろう。


ただ、それが「女」となったらどうだろうか? “表の世界”ではあまり語られることのない、「日本を捨てた女たち」のリアルな姿を追った。

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最後の最後、ラストスパートで目で訴えてくるボーイズを見ながら、もういいやー、疲れたしー、ブリーフ見あきたしー、と思ってたところ、なんだか熱い視線を感じるじゃありませんか。

いよいよ、恋に落ちる時が…。彼はどうやらショーに出てた人。正面の客席に座りながら、ウインクやら流し目やら、すんごい攻撃。だから私、押しに弱いんだって。


しかも他のボーイズがブリーフ1枚の中、TシャツGパンの彼は輝いて見えるのです。で、彼を呼んで少し話したのち、私と彼だけ店を後に…。

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タイの首都バンコクの夜に煌々(こうこう)と灯るネオン街は、今日も日本人女性を次々と狂わせている。そこはソイ・トゥワイライトと呼ばれる通りで、筋肉むき出しの若い男娼たちがステージで腰をくねらせる連れ出しバー「ゴーゴーボーイ」が軒を連ねる。

東南アジア最大といわれる歓楽街・パッポン通りから徒歩数分の場所にあり、店へのチャージを含めた連れ出し料金は3時間2500バーツ(約8500円)。日本でホストに入れ込み、貢いでも容易にモノにできない実情に鑑(かんが)みれば、1万円以内でタイプの男を好き放題にできるバンコクは、まさしく「魔の都」だ。


冒頭の臨場感溢れる手記は、私が3年ほど前にラオスで出会った日本人女性、藤原奈津実(仮名、35歳)のブログから抜粋した。ゴーゴーボーイを初めて連れ出したときの感想を綴(つづ)ったもので、私の取材に彼女はこう振り返った。

「目の前でウインクをされたときに、この人を持って帰ろうと思いました」

性欲むき出しの発言に、思わず噴き出してしまった。ところが彼女は、そんな私を気にするでもなく続けた。

「男前というよりは野蛮な感じで、新鮮だったんです。日本人には見かけない顔立ちです。
浅黒くて、細いけどたくましい。それだけで魅力的に見えたんですよ。私は純粋にカッコいいと思いました」

この胸のときめきがきっかけとなって藤原のゴーゴー通いが始まり、日本人の夫と離婚までしてしまう。

「将来のことを考えたら、やっぱりサラリーマンの妻としてのほうが安泰だし、別れることはないって思っていたんですが。タイ人と出会ってからは、愛のない生活を送っていたら人生が無駄になってしまうんではないかと」

日本で抑圧された何かが、南国に出た途端にはじけてしまったのだろうか。藤原はバンコクへ移住し、日系企業のコールセンターで働くことになる。
そこは日本語さえできれば原則、誰でも働けるような職場で、日本社会からこぼれ落ちたような、アラサー以上の大人たちが集まっていた。

このコールセンターについては新刊『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』で詳しく書いたが、その取材の中で私は、藤原のように男を買う日本人女性がいることを知った。以来、ゴーゴーボーイの取材にのめり込んだ。





■フリーペーパーの特集記事は大反響

そもそも、日本人女性がアジアの男たちにハマるのは今に始まったことではない。東南アジアのビーチリゾートを訪れた若い日本人女性が、マリンスポーツのインストラクターとして働く男たちの虜(とりこ)になってしまう時代があった。
彼らのことを「ビーチボーイ」と呼ぶ。タイ南部のプーケット島やインドネシアのバリ島では1990年代頃、若い日本人女性の観光客が急増し、社会現象にまでなった。

一方、バンコクでもその頃にはすでに、ゴーゴーボーイが賑わっていた。客で圧倒的に目立つのは欧米人のゲイだ。現在は日本人のゲイもいて、女性は中国人、日本人、香港人といったところ。私がのぞいたときは偶然にも、日本人女性がちらほら目についた。
連れ出したボーイと若い女性の4人組が日本語で会話をしながらタクシーに乗り込む姿や、ボーイたちと顔見知りらしき常連風の若い女性が出入りする姿も見かけた。



バンコクで日本人女性向けのフリーペーパー『アーチプラス』を発行する平原千波(ちなみ)編集長はかつて「女の夜遊び」と題してゴーゴーボーイの特集記事を掲載し、現地邦人社会で反響を呼んだことがある。ハマる女性の中には、藤原のようにコールセンターで働く女性だけでなく、駐在員の妻もいるという。

「男性からすれば『俺たちはいいけど、彼女や奥さんにはそういう場所に足を踏み入れてほしくない』と思っている。なぜかタブー視されている。でも実際は、ハマっている女性はたくさんいるのです」

平原編集長は、知り合いの駐在員妻からゴーゴーボーイに連れていってほしいと頼まれることもあるそうだ。

「そういうタイ人男性はそれほど高学歴ではなく、家庭環境も裕福ではない。それなのになぜハマるのかと考えると、彼らが日本人にはないものを持っているからかと。例えば、日本人男性は体を鍛えていない人が多い。色が白くておなかが出ている印象。だけどタイ人男性は浅黒くて体が引き締まっている。そういう男くさいところがよく映るのかな」



男たちの大半は20代で、周辺国からも出稼ぎに来ている。タイの文献を調べてみると、ベトナム戦争中の60年代にはすでに、男性による売春という風俗文化が西洋人によってタイに持ち込まれていたという。2000年代初頭には、タイ国内で売春する男性は約3万人に上るとの推計もあり、年齢は12歳から35歳と、小学生ぐらいの少年による売春も横行していた。

◆後編⇒もう日本では生活ができない…タイ“ゴーゴーボーイ”にハマった女性たちの本音

(取材・文・撮影/水谷竹秀)

●水谷竹秀(みずたに・たけひで)









1975年生まれ。上智大学外国語学部卒業。新聞記者やカメラマンを経て、現在は東南アジア各国や日本を中心に取材・執筆活動を行なう。『日本を捨てた男たち』(集英社文庫)で開高健ノンフィクション賞受賞。

■『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社 1600円+税)









タイ・バンコクの高層ビルの一角にあるコールセンターでひたすら電話を受ける日本人がいる。非正規労働者、借金苦から夜逃げした者、風俗にハマって妊娠した女、LGBTの男女……。息苦しい日本を離れて「居場所」を求めた人々を追ったノンフィクション。

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