一方、ピエール瀧氏(電気グルーヴ)の多くのファンや擁護(ようご)派は、これに激怒しました。気持ちはわからないでもないですが、「音楽には罪がない」「クラブミュージックに対する偏見と戦う」と、これまた"正義"に執着して反論を試みていることには、正直言って違和感を覚えます。

僕も音楽の世界は長いので、善しあしを脇に置いた上であえて断言しますが、クラブミュージック、特にテクノとドラッグは不可分な面があります。それなのに、「日本のテクノは潔白だ、ドラッグとは無関係だ」と言わんばかりの人々が大勢いる。結局、どちらも「影のない光」を求めているだけです。

自分たちが信じているルールや常識は、もしかしたら半分虚像かもしれない。そんな揺さぶりが生じたとき、(意識的か無意識的かは別にして)ある種の"正義"に憑依したい人は、反対側の人々をひたすら潰しにかかります。

しかも理屈ではなく、情緒的に。そして気がつくと、人々の情緒で社会の空気が決まっていく――これが全体主義の入り口です。

僕は大麻の規制緩和を進めるべきだと考えていますが、日本で大麻解禁を主張する人々の多くは、やはり"正義"に固執するあまりまともな議論ができていません。

「われわれは自己管理ができる」などと言う人もいますが、アルコールでさえ自己管理できない人間という生き物が、大麻や各種ドラッグとの付き合いを完全に管理できると思いますか? 人間は弱い、危険性はもちろんある、でも......という出発点から議論しないと、いつまでも平行線です。


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