立川談志と志村けん【しあわせの基準ー私のパパは立川談志ー 第...の画像はこちら >>

誕生日パーティーでの志村けん氏とツーショット
天才、奇才、破天荒......そんな言葉だけで言い表すことのできない、まさに唯一無二の落語家・立川談志。2011年11月、喉頭がんでこの世を去った。高座にはじまりテレビに書籍、政治まで、あらゆる分野で才能を見せてきたが、家庭では父としてどんな一面があったのか? 娘・松岡ゆみこが、いままで語られることのなかった「父としての立川談志」の知られざるエピソードを書き下ろす。

天才落語家・立川談志と、不世出のコメディアン・志村けん。テレビでの共演など滅多になかった二人だが、そこには意外な関係が。豪華なメンバーとともに居合わせたパーティーでの、貴重なエピソード。

 * * *

こんなにコロナが長引くと思わなかった。既に丸1年コロナ一色。何をするにもまずコロナの事から考える世の中になっている。
 
去年の2月半ばまで、私はひと月くらいLAにいた。LAに着いて間もなくテレビを観ていたら、ヘリコプターの墜落事故のニュースが目に飛び込んできた。NBAのKOBE(コービー・ブライアント選手)の乗っていたヘリコプターだった。KOBEは一緒に乗っていた娘さんと亡くなってしまった。LAで神のような存在のKOBEの死を人々は悲しみ、追悼した。バスの行き先表示はすべて[RIP KOBE]になって、街中のストリートアートは日に日にKOBEの絵が増えていった。トップニュースは連日KOBEの事故の事で、インフルエンザの死亡者が多い事とコロナのニュースも流れてはいたが、まだ気にならなかった。グラミー賞もアカデミー賞も普通に行なわれていた。


この記事の画像

「立川談志と志村けん【しあわせの基準ー私のパパは立川談志ー 第三回】」の画像1 「立川談志と志村けん【しあわせの基準ー私のパパは立川談志ー 第三回】」の画像2 「立川談志と志村けん【しあわせの基準ー私のパパは立川談志ー 第三回】」の画像3