市川紗椰が考える、年末年始に縛られない、鉄道×ニューイヤーの楽しみ方「京成電鉄・柴又駅のホームの路線図を離れて見ると『寅』が浮かんできます」

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寅年にちなんで。柴又駅の路線アート

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寅年にちなんで。柴又駅の路線アート
『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、初詣の習慣が広がった意外な理由について語る。

* * *

皆さん、明けましておめでとうございます。新年早々、いきなりウンチクを失礼します。

多くの人が行くだろう初詣。この習慣を広めたのは、誰でしょうか。正解は、鉄道会社!です。江戸時代までは、大晦日(おおみそか)に近所の氏神様がいる神社にこもってお祈りする「年ごもり」や、元日にその年の恵方にある神社でお参りする「恵方詣で」などの習慣があったそうです。地域や家庭によっては、三が日ではなく初縁日に参拝することもあり、今みたいにお正月にどこかの神社仏閣にお参りする、というふんわりした行事ではなかったようです(初詣という言葉もありませんでした)。

そして明治時代初期の1872年、新橋と横浜が汽車でつながりました。通勤や通学など、庶民の足として広まる前のこの頃の鉄道は、「一生に一度でも、とにかく乗ってみたい」という特別感満載のもの。その特別感にうまく乗っかり、官営鉄道は三が日の間だけ川崎駅への臨時列車を運行するようになります。そして川崎大師への参拝を「初詣」という言葉を使って宣伝。信心からのお参りだけでなく、汽車に乗る+郊外に行くというレジャー感が重なり、マーケティングは大成功しました。

1899年には、京急電鉄の前身の大師電鉄が官鉄川崎駅と川崎大師をつなぎ、さらに5年後には品川まで延伸したことにより、官鉄との集客競争が勃発。全国の鉄道会社間でも初詣客の取り合いが始まり、「神社仏閣参拝キャンペーン」などの運賃割引や特別列車が広まりました(ちなみに私が当時生きていたら、汽車も電車も両方味わえる川崎大師を選びます)。


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