群馬県嬬恋にある「縄文の家」にキャンプに訪れた大学生21人と中学生32人。
楽しくなるはずだったサマーキャンプだったが、その最初の夜にとてつもない事件が起こる。

今までに体験したことのない強烈な轟音と激震。そして彼らは縄文時代にタイムスリップしてしまっていた――。

『異世界縄文タイムトラベル』(幻冬舎刊)は縄文時代にタイムスリップしてしまった団結やいさかい、新たな友人との交流、社会の進化などを通して成長していく若者たちと、彼らが真実に辿り着くまでの冒険を描いたSF小説だ。

本書の作者である水之夢端さんはなんと現役の大学教員で、経済学を講義しているという。なぜ本作を執筆したのか? そして水之さんの想いとは? お話をうかがった。

(新刊JP編集部)

■「若者たちが自分たちに考え、自律的に動けば、新しい日本を創っていける」

――『異世界縄文タイムトラベル』についてお話をうかがえればと思います。

本作は大学生と中学生たちが縄文時代に行ってしまうというタイムスリップモノのSF小説です。このテーマのモチーフから教えていただけますか?

水之:現代の若い人たちはデジタルに頼りすぎていて、Face to Faceではない生活をしているように思います。さらに昔の若者よりも保守的になりすぎているきらいがありますよね。

ただ、日本人の若者たちはもともと変革を志す性質を持っていたはずです。明治維新を成し遂げられたり、渋沢栄一によって近代資本主義が発展できたのは、そういうDNAを持っていたからなはずなんです。

そして、現代の若者たちもそういうDNAを発揮できるということを、この小説を通して伝えたいと思っていました。

――縄文時代にタイムスリップということは、現代の文明にあるものすべてがなくなるということですよね。もちろんスマホもないですし。かろうじて電気はありつつも、通信も何もかもが遮断された状態で、0から開拓していくところにそのDNAを込めた。

水之:まさしくそういうことですね。

――舞台は群馬県の嬬恋付近です。この舞台設定はいかがでしょうか。

水之:実は私、大学教員をしていまして、ペンネームでこの本を執筆しているのですが、舞台設定は大学のゼミで学外に出ていって授業を行うという試みをしたことがありまして、そこで大学との縁から群馬県の嬬恋村に協力していただいたんです。

嬬恋では学生が地域活性化のお手伝いをさせていただくということで、0から企画を立ち上げて、実践していってもらいました。巻き込んで進めていくためには、現地の人を説得しなければいけないとか、さまざまな苦労があるわけですね。

そういったことを実践して、今、日本が求めているような社会に役立つ人材を育成するという試みを嬬恋でやり始めたんです。この物語のように、大学生が子どもたちとともにキャンプをしたり、スキーに連れて行ったりという企画も全部学生たちが企画をして。その経験をこの小説に入れたわけですね。

――そうした活動を物語のモデルとしたわけですね。

水之:そういうことです。実際、嬬恋の笹見平には縄文式の竪穴住居が作られていて、以前は宿泊施設になっていたので、そこでキャンプをしたことがあるんです。それがまさに小説の最初のシーンのモチーフですね(笹見平縄文の里は、現在は閉館)。作中では、一夜明けたら時代が変わっていたという展開になるのですが。

もう一つは嬬恋村の文化遺産や自然の豊かさですね。

浅間山もありますし、小説の素材になるようなものがたくさん潜んでいます。タイムトラベルものだけでなく、他の題材でも書けるように感じますね。

――キャンプに来た大学生と中学生のグループは夜、轟音を耳にして、縄文時代にタイムスリップしてしまう。その中でグループリーダーを務める林という青年が本作の主人公の一人になりますが、彼の成長が物語の一つの主軸です。この林に対して託したものはなんでしょうか?

水之:さきほど若者の保守化という話をしましたが、私自身は今の若者たちも日本人が持っている0からつくり上げるDNAを受け継いでいて、そのDNAを目覚めさせたいということで、林にそれを託したんです。

林は、最初は頼りない小粒な人間です。

でも、物語の中でリーダーとして成長していきます。それは、かつては世界で隆盛を誇っていた日本企業も、今はアメリカや中国の企業が覇権を握っていて、押されてしまっている状況があるわけじゃないですか。ただ、そんな状況でも、若者たちが自分たちに考え、自律的に動けば、新しい日本を創っていけるのだということを言いたくて、それを投影しているんです。

――若者たちの可能性が一つのテーマなんですね。

水之:そうです。嬬恋村で活動をする学生たちを見ると、その力は十分に備わっているということは感じ取れますからね。

――作中で彼らはいきなり縄文時代に放り投げられても、環境を受け入れてスポンジのようにいろんなことを吸収していくじゃないですか。

水之:そうなってほしいんです。ただ、まだまだ殻を破れていないようにも感じていて、そこがじれったいところですね。

――水之さんの中で本作の登場人物でお気に入りの人物は誰ですか?

水之:木崎という茶髪の女の子ですね。この子には特別な意味を持たせていて、こういうタイムスリップをすると、ほとんどの子は家に戻りたい、自分の時代に戻りたいと思うはずです。でも木崎はそうじゃない。現代には戻りたくないと言います。それは、彼女は貧乏な家の育ちで、格差社会の犠牲者だからなんですね。そういう、現代に帰りたくないという子たちを通して、社会の問題を浮き彫りにしたかったという点があります。

――ほとんどの人は「戻りたい」となりますが、必ずしもそういう人だけではない。帰りたくないという人も出てくる。

水之:現代が生み出した問題によって人生が犠牲になってしまっている人がいる。「帰りたくない」ということがせめてもの抵抗なんですよね。

――水之さんにとってこの『異世界縄文タイムトラベル』という作品は、現代社会への批判の意味も込められているのですか?

水之:そうですね。経済格差の犠牲になっているのは、中学生や高校生、大学生といった若者たちなんですよ。それは明確に表現しないといけないと思ったし、過去に舞台を移すことで、より現代の問題点を明らかにさせるという意図がタイムスリップという手法に込めました。

(後編に続く)