『米軍式 人を動かすマネジメント』(日本経済新聞出版社刊)で提唱されている「OODAループ」について知っている人はあまり多くないだろう。

「OODAループ」はアメリカ空軍ジョン・ボイド氏が開発した意思決定プロセスで、観察(Observe)、方向付け(Orient)、決心(Decide)、実行(Act)の頭文字を取ったものである。

周囲をよく観察し、方向性を決め、実行に移す。個人の意思決定のスピードを飛躍的に速め、組織の機動力を高めることを可能にするOODA。

コンサルタントで公認会計士の田中靖浩氏はこの「OODAループ」を、「PDCAサイクル」の限界を補うものとして紹介している。では、「PDCAサイクル」の限界と「OODAループ」の力とはどのようなものなのだろうか? お話の後半部分をお送りする。

■「OODAループ」を大企業に適用するには?

――OODAループは「任せる」ことが有効であると同時に、失敗をしてもすぐに状況を立て直せますよね。つまり、失敗に対して非常に寛容な姿勢が求められるのではないでしょうか。


田中:その通りです。それはとても大事なポイントですね。もちろん、例えばビジョンに沿わない行動や、偽装問題や不正会計といった社会的倫理に反する失敗はNGです。1回起きてしまえば10年から20年は立ち直れなくなりますから。

でも、基本的にミッションに沿ったものであれば、OODAループにおいて失敗はむしろ奨励されます。行動しなければ分からない状況もありますし。
OODAは失敗に寛容なプロセスであり、「失敗から学ぶ」姿勢。それがむしろ強みなのです。

――ただ、結果は数字ベースで見られます。OODAプロセスには数字に対するコミットが欠けているように思うのですが、それを克服する手立てはあるのでしょうか。

田中:OODA自体は軍事の思考なので、数字は直接出てきません。何機撃墜するという話ではなく、「勝つ」という大きな目的のための考え方ですから。


そこで大切になるのが勝ち方です。「Ends」、終わり方のことなんですが、これを最初にデザインします。現在のアメリカ軍は、作戦計画の立案にあたって「Operational Design」(オペレーショナル・デザイン)という作戦の大筋をまず考えます。「Ends」はその大筋を構成する一つの要素で「目標」を意味します。それがビジネスでいえば「数字」で表現されるのですね。

――この「Operational Design」を含めて、田中さんは「D-OODA」と名付けています。
これが、OODAとPDCAを組み合わせたものである、と。

田中:そういうことになります。「Ends」(目標)のほかにも、「Ways」(方法)、「Means」(資源)、「Risk」(リスク)の3つがあり、それらを最初にデザインすることで作戦の大筋を可視化していき、徹底させていくわけです。決して数字だけを目標にするのではなく、そのほかのことにも目を配って、やるべきことを正しくデザインすることが大切です。

――最近、IT化とともに「数字による見える化」や「PDCA」がますます強まっているように思えますが。

田中:そうなんですよ。
とくに日本のPDCAの場合、予算で「上」ばかり見る傾向があります。対前年比何%プラスという形で上乗せばかり考える理想論が多い。

私は本書で「この数字以下だと危ない」という予算のボトムを決めて、それを死守する形で自由にやってもらうという方法を提案しています。そうしないと、現場はただ目標のために働いていることになり、仕事がつまらなくなって、アイデアも詰まってしまいます。
どうやって短時間で、楽しく、成果につながるアイデアを生み出せるか、これを考えねばなりません。

そういえば先日、この本を出版した直後、書店に配るPOPを作ろうということになったのです。
ただ、印刷所に頼むまでの時間が「2時間」を切っていたので、さすがに私も諦めかけました。しかしスタッフが「せっかくだからやりましょうよ」と諦めないので、一緒に書店まで、他の書籍のPOPを見に行ったんです。

書店のPOPを見ると、明るい色で、長い文章が書かれているものが多い。これを「観察」して私たちは、逆を行こうと「方向付け」しました。全体に黒っぽくて、メッセージはたった一言。時間がなくても一言なら書ける。この本はPDCA本のそばに置かれると予想して、「さらばPDCA」というメッセージを入れました。そこにイメージを明確に表す兵士の写真を置きました。これは、わざと違和感を作って目を引く作戦です。こうして制作開始から20分で完成したのがこのPOPです。


当たり前に「どういうデザインにしたいか」を打ち合わせしていたら間に合いませんでした。そこでまず書店を「観察」し、他のPOPがやっていないことをやる。短い時間で成果を出す、それを可能にするのがOODAループなんです。

――なるほど。たしかにこのケースの場合はOODAループが機能しましたね。

田中:ただ、すぐにPDCAからOODAに移行しようとしても、簡単に上手く移行できるものではありません。OODAは個人の基礎能力が高くないとできない。個人に求められる裁量が大きいので、その裁量を使えるだけの能力がないと難しいのです。だから、指示待ちの人は向いていません。指示を待たないで「自ら動きたい人」には向いていますね。

――たしかに中小企業では取り入れやすいプロセスではありますが、大企業ですぐに応用するのは難しいのではないかと思います。そのうえで、大企業がOODAを導入したいときにどのような形で取り入れればいいと思いますか?

田中:大企業の場合、小さなところで導入し、成功事例を作っていくことが大事でしょう。製造の現場であればPDCA重視でいいですが、営業はB to Bであれ、B to Cであれ、対人なので臨機応変さが求められます。その際にマニュアル対応をさせるよりは、OODAループを取り入れて本人たちに任せることで、彼らが自由に仕事をできると思います。また、新規事業もOODAループを取り入れてみるといいかもしれませんね。小さな成功事例を積み重ねていけば、少しずつ定着していくと思います。

――最後に、本書をどのような人に読んでほしいとお考えですか?

田中:まず大企業でいえば経営企画の方たちです。経営企画にはすごく頭の良い人たちが集まっています。そんな将来の幹部候補たちが絵に描いた餅みたいな計画をつくるだけではもったいない。彼らがOODA思考を取り入れることで会社は変われるはずです。

もう一つは中小企業経営者です。彼らは自分で動けるし、動きたいと思っている。また仕事を部下に任せたいと思っています。

この本はあくまでOODAの入門書、出発点にすぎません。私自身、著者として今後もこのテーマで本を出したいと思っています。だから、もし実践したら、成功事例、失敗事例を聞きたいと思っています。それもまた著者としてのOODAですね。

(了)