■名手健在
 小野伸二(札幌)、高原直泰(沖縄SV)ら日本サッカー界を彩った名手たちが今季限りでの引退を決断する中、2022年末に一足先にユニフォームを脱いだのが、名手・中村俊輔だ。今年から指導者に転身し、横浜FCのトップチームに1年間携わった彼が12月17日、幼少期から慣れ親しんだニッパツ三ツ沢球技場で引退試合を実施した。


 1万4825人という大観衆が詰めかけ、かつて日本代表で共闘した川口能活宮本恒靖中田英寿中澤佑二ら豪華メンバーが集結する中で、中村は左足の華麗なテクニックと高度な戦術眼を披露。一瞬で局面をガラリと変えるサイドチェンジやスルーパスは、第一線を退いた今も超一流だった。

 そして圧巻だったのがFKだ。この日の彼は横浜FCフレンズでプレーした前半に2本、Jドリームズでプレーした後半に1本の合計3本の直接FKを決め、往年の名キッカーの風格を強烈に印象付けた。

「FKは本当に自分のプレーの中で1割も満たないくらいのもの。『どこでボールを受ける』とか、『どこでコントロールするのか』、『ポジショニングをどうするか』、『ボールを出す前に必ず2~3個のパスコースを先に見つけておく』とか、そういう沢山あることのひとつ。
『飛び道具』にしか過ぎない。でも、やっぱりすごく大事にしていた最後に残った武器。こだわってきて良かったなと思います」

 試合後の記者会見で中村は、改めて自身のFKをこう語ったが、これほどのFKキッカーはそうそう出てこないのは確かだろう。

■日本代表の課題
 彼の凄みを誰よりも熟知しているのが、川口である。中村が横浜マリノス(現F・マリノス)入りした97年、当時のトレーニング拠点である獅子ヶ谷グランドで連日、FK練習に付き合ったのが、偉大な先輩GKだ。桐光学園高校からプロ入りしたばかりの華奢なルーキーのキック精度に度肝を抜かれた若かりし日のことを、彼は忘れていないという。


 「マリノス時代の俊輔とのトレーニングで自分も成長できたし、俊輔はその後もイタリア、セルティックへ行って、どんどん世界的な選手になった。俊輔の成長を見れて、こっちもすごい幸せな気持ちになれたし、僕もあのテクニック、左足に魅了されたひとりです。俊輔のキックは本当にコースが絶妙で、精度っていう言葉では言い表せないぐらい正確無比と言うか、自分のイメージしてるところに確実に来る。ピンポイントで合わせるボールもそうだし、ゴールを狙うキックも狂いがない。あれはトレーニングの賜物。努力の天才が努力すると、こういう選手になるんだなっていう本当に代表的な選手です」と、しみじみ語っていた。


 中村らシドニー五輪世代が代表を去った後、ゴールに直結するFKを蹴れるキッカーが見当たらなくなってしまった。2018年夏の森保ジャパン発足後は、特にその課題が深刻化している。今年11月に行われた「FIFAワールドカップ26アジア2次予選兼AFCアジアカップサウジアラビア2027予選」のシリア戦では、久保建英との連携から菅原由勢がFKからのゴールを決めているが、まだまだ足りないという印象があるのも確かだ。

 だからこそ、指導者・中村にはFKの名手を育ててほしいところ。その問いに対し、彼はこんな見解を示した。

「蹴り方はプロになってからはあまり変わらないから難しい。
フォームも小さい子、中学生くらいからじゃないと身につかない。やっぱりスタートが大事ですね。でも意識は変えられると思うので、そのシチュエーションを練習で作ることが大事だと思います。それと責任を持たせること。今の自分もそうさせようと試行錯誤してます。実際、ジーコだったり、木村和司さんだったり、超一流のFKを持つ方々は自分に一言も言わなかった。
見守る指導というのがいいんじゃないかなと思います」

■新たなステージへ
 中村が言うように、ひとつのプレーを研ぎ澄ませるようとする選手は、人から何かを言われて取り組んでいるわけではない。三笘薫のドリブルにしても、伊東純也の縦への突破にしても、遠藤航のボール奪取にしても、それぞれ「自分に必要だ」と思い、強いこだわりを持って身に着けてきたものである。

 中村の後継者に最も近い存在と言っていい久保建英も、やはりバルセロナのアカデミーに在籍していた少年の頃から左足を徹底的に磨きあげ、FKを蹴れるようになったのだろう。それが日本代表戦で見られないのは物足りないところだが、本人は追求し続けるはずだ。

 そういう逸材を指導者・中村がどれだけトップレベルに送り出せるのか。それは非常に興味深いところだ。
日本サッカー協会はJFAロールモデルコーチを設置しているが、FK専門コーチとして中村を抜擢しても良いのではないだろうか。いずれ彼が育てたFK名人が表舞台に立ち、彼自身も代表をけん引する指導者になる…。そんな未来像が現実になれば、これほど理想的なシナリオはない。

「今年の横浜FCはあまり勝てなかったので、ロッカーで泣き崩れていた選手もいた。自分は何も喋らないで一緒に座ってみたり、『切り替えて着替えろ』と言ってみたり、自分にしかできないことを探してやってます。自分を生かすのがトップの現場。いろいろ考えながら行動していきます」

 “努力の天才”が新たなステージで成功することを、心から祈りたい。

取材・文=元川悦子


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