「長い間、声援、ブーイング、ヤジ、全てありがとうございました。本当に楽しいサッカー人生でした。
それではみなさん、またどこかでお会いしましょう。バイバイ」

 1月9日、突如として配信された動画を通して、J1通算672試合、日本代表152試合という歴代最多出場記録を持つ男、遠藤保仁が26年間のプロキャリアに終止符を打つことを明らかにした。

「本来なら記者会見などを開かないといけないのかなと思っていましたが、記者会見で真面目に語るものも僕らしくないのかなと。それに、何と言ってもオフはオフ。オフを満喫したいので、記者会見を開くことはしませんでした」と公の場に登場しないことも宣言。そういった自然体はまさに真骨頂。
最後の最後まで“人の裏をかくスタイル”で、自分流を貫いたのである。

 しかしながら、「まだまだ動けるヤットがなぜこのタイミングで引退を決めたのか」という疑問は拭えない。要因を考えてみると、2023年のジュビロ磐田で出番が減少したことが1つだろう。

 FIFAワールドカップカタール2022では森保一監督の右腕だった横内昭展監督を迎えてスタートした昨季、序盤はコンスタントに先発に名を連ね、針谷岳晃と攻撃的ボランチコンビを結成。指揮官が標榜するパスサッカーを体現していたように見えた。が、徐々に出番が減少。
シーズン終盤はベンチ外が続き、磐田が劇的J1復帰を決めた栃木SC戦もメンバー外となっていた。

 2020年にガンバ大阪から磐田に赴いた際も「選手である以上、多くの試合に出たい」と試合出場機会にこだわった彼にしてみれば、43歳にして再び苦境に直面するのは複雑な感情も渦巻いたに違いない。

 磐田に残ってJ1再挑戦をしたとしても、フル稼働は難しい。2018年に引退した同期の小笠原満男が「試合に出る機会が少なくなり、ピッチの上でチームを勝たせることができなくなった」とユニフォームを脱ぐ理由を語ったことがあったが、似たような思いだったのかもしれない。

 以前から「故郷の鹿児島で現役ラストを飾るのではないか」という見方もあったが、その道も選ばなかった。昨季の磐田と同じJ2の他クラブに行っても状況は大きく変わらないと考えた可能性は大だ。


「いずれはやめる時も来ますし、その時が来たら胸を張ってやめます」と本人は2年前のインタビューで語っていたが、「今がそのタイミングだ」と腑に落ちたということなのだろう。

 もう1つの理由はG大阪からのオファーではないだろうか。引退直後にトップチームコーチに就任し、セカンドキャリアをスタートさせられるのはそうそうないチャンス。遠藤にはガンバに戻ってチームを立て直してほしいというクラブ側の強い要望があったとみられる。

 遠藤自身も20シーズン在籍したガンバに対して“自分の家”のような感覚を抱いていたはず。愛着のあるクラブが近年、低迷を余儀なくされ、昨季はJ1残留争いにも巻き込まれた。
そういう状況からチームを救いたいと素直に感じたと推察される。

 いずれにしても、遠藤が26年間のプロ生活で残したものはあまりにも大きい。記録はもちろんのこと、高度な技術と戦術眼、見る者を楽しませる駆け引きや意外性、創造性、周りを輝かせる一つひとつのプレーのうまさ…。何を取っても一級品だったし、見るたびにワクワクさせられたのは事実だ。

 とはいえ、スターダムに上り詰めるまでには時間がかかったのも確か。代表キャリアという視点で見ると、1999年FIFAワールドユース準優勝の頃は小野伸二稲本潤一、小笠原ら他のMF陣との競争があり、絶対的主軸ではなかった。
2000年シドニー・オリンピックも中田英寿中村俊輔らがひしめく中盤に割って入れず、予備登録として帯同しただけ。2002年日韓ワールドカップも選外。2006年ドイツ・ワールドカップも出番なしで、「うまい選手だが、何かが足りない」という印象も拭えなかった。

 その遠藤が日本の看板になったのは、イビチャ・オシム監督就任後。そこから本格的に日本代表のスタメンに名を連ね、本田圭佑香川真司ら若いアタッカーを後方から巧みに生かした。長谷部誠との鉄板ボランチは8年間も続き、2015年アジアカップを最後に代表から遠ざかるまで、誰も彼の牙城を崩せなかった。
ヴァイッド・ハリルホジッチ監督があのまま遠藤を使い続けていたら、2018年ロシア・ワールドカップにも参戦していたと言っていい。代表キャップ数がどこまで伸びたのか分からないほどだ。

 彼自身、「自分を超える選手に出てほしいけど、出てほしくない気もします」と茶目っ気たっぷりに話したが、そういう人材を育てることができれば、遠藤のサッカー人生はより充実したものになるに違いない。

 2023年シーズンで小野、高原直泰、南雄太、そして遠藤までもが去ってしまった。本当に一つの時代の終わりを痛感させられる。長年、彼らを見続けてきた人間から見ると寂しい限りだが、プレーヤーとは違った立場から日本サッカーを支えてくれるはずだ。

 ここまで奮闘した遠藤には心から感謝を伝えたいし、今後の飛躍を心から願いたい。

取材・文=元川悦子