ラウドルップ、ストイコヴィッチ、リュングベリ…ユーロでプレーした歴代外国人Jリーガーを振り返る

トッテナムと所属した母国のクラブで一度ずつ得点王を獲得した実績を持つ80年代屈指の名ストライカー。1986年から3年にわたり在籍したバルセロナでは、ヨハン・クライフ監督に右ウィングという不慣れなポジションにコンバートされたものの、103試合42ゴールと結果を残している。その一方、二度の大会に出場したユーロでは、92年大会を負傷欠場したポール・ガスコインらパサーの不在もあってに恵まれなかった。
1993年、Jリーグ開幕に合わせて名古屋グランパスに加入、当時のJリーグでは最高額となる3億円の移籍金から注目を集めたが、自身は負傷もあってわずか7試合の出場にとどまった。1994年にはドラガン・ストイコヴィッチが加入して、夢の2トップの実現にファンは胸を躍らせたものの、リネカーは相変わらず負傷がちで、Jリーグ通算4得点に終わり、この年限りで現役に幕を下ろした。

■フリオ・サリナス
横浜マリノス(1997-1998)
スペイン代表(1988、1996)

スペイン代表として通算56試合出場22得点の実績を残した、90年代のスペインを代表する大型センターフォワード。巨躯ながら足下の技術が高く、長身を生かしたポストプレーを得意とする。3度のワールドカップで通算3ゴールを挙げた一方、二大会に出場したユーロでは不発に終わった。88年大会ではエミリオ・ブトラゲーニョとのポジション争いに敗れ、わずか40分の出場、96年大会ではグループリーグ3試合を通じて控えとなり、ベスト8のイングランド戦でようやく先発出場を果たすも、前半のみで途中交代。チームはPK戦の末、敗退した。

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