―[“才媛”の光と影]―

【才媛】 才能の優れた女性――。だが挫折なき才能に、人が魅せられることはない。
本連載では、生きるのに不自由しない輝きを持ちながら、それに甘んじることなく挑戦し続ける風変わりな女性たちの半生を紹介する。
 レースクイーン、シンガーソングライターなどのエンターテイメント業界で注目を浴びながら、科学研究を“本籍”とする女性がいる。Reina+World氏(以下、Reina氏)だ。華やいだ顔立ちで心の底から楽しそうに話すのは、昆虫の話なのだ。

昆虫のことなら「何でも知りたかった」



「幼稚園くらいのころから、とにかく生物が好きでした。漠然と『昆虫博士になりたい』と言っていて、幼稚園の卒園文集にも『将来の夢』にそう書いたくらいです

 愛知県に生まれたReina氏は、小学生時代には自治体が主催する自由研究のコンクールで受賞するなど、すでに頭角を現した。昆虫のことなら何でも知りたい。
そう思ったとき、真っ先に“勉強”の成果を自慢できる相手は、父親だった。

「父とは昔から仲良しです。幼稚園から小学生のころは、『この昆虫知ってる?』と、父に“昆虫マウント”をとっていましたね。父はそんな私に張り合ったり、ときにはわざと負けたふりをしてくれたりしていました。というのは、だいぶあとから知ったのですが、父は微生物の研究者なんです。企業と協力して、現在でも使われている技術の開発に携わっていたこともあります。
馬が合うなと思っていましたが、血筋でしょうか。特に誘導があったわけでもないのに好きなものが似たんですよね

レースクイーンに挑戦した大学時代



東大院卒の研究者兼レースクイーン「そんなスカート履いて…」教...の画像はこちら >>
 父親とはもうひとつ、音楽という接点があった。2歳半からバイオリンを習い始め、指導者をして「藝大に入れたい」と言わしめたReina氏の音楽の素養は本物だ。だが父親も負けず劣らずの才能を持つ。

「若いころの父はバンドマンでした。ギターボーカリストとして、大手事務所との契約の話もあったくらいのめり込んでいたようです。研究だけではなく、エンターテイメントが好きなところも同じだなと驚きました」

 幼少期からの夢が一切ブレることなく思春期を迎えたReina氏は、東京大学を目指した。
結果的に他の国立大学へ進学することになったが、もともと東大志望は「多種多様な研究が実現するから」というもの。大学院からは、望み通り東京大学の旧分子細胞生物学研究所へ所属することになる。

 学生時代は、「人に見られる」ことを意識した時期でもあったと振り返る。

「もともと小学生のころはぽっちゃりしていて、体型にまったく自信が持てませんでした。しかし、高校くらいになって痩せたら他校の生徒から告白されたりして、『自分を好いてくれる人がいるんだ』と少しだけ自信になりました。大学時代はレースクイーンなどをやったり、接客が学びたくてデパートで働いたりもしました。
お客さんと話すことが楽しかったですね。同時に美容について考えるきっかけも持てました」

麻薬探知犬のような役割を担えるかも?



東大院卒の研究者兼レースクイーン「そんなスカート履いて…」教授からの“アカハラ”の実態を明かす
Reina+World氏
 学生時代はその美貌を活かした職業を渡り歩いたが、Reina氏はあくまで研究に一途。学部生~大学院修士課程は哺乳類、大学院博士課程(博士後期課程)は酵母、昆虫を研究対象にして、没頭した。なかでも、ゴキブリの研究をしていたころの話は興味深い。

卵パックのような素材でゴキブリたちの巣を作って、そこに150匹程度のゴキブリを住まわせるんです。この大切な研究材料に、昆虫ゼリーをあげて、水もじゅうぶんに与えて育てるのは、私たち研究者の仕事です。当時は、ゴキブリの細胞を徹底的に調べることに熱を上げていました。
『ゴキブリ並みにしぶとい奴』なんて言葉が定着しているから意外に思われるかもしれませんが、ゴキブリはとても繊細です。少なくとも、哺乳類であるラットなどに比べて、かなり丁重に扱う必要があります。細胞はすぐに死んでしまうし、少し水を切らせただけで生命を維持できない。おまけに、成虫になるのに飼育下でも3~4ヶ月かかります。ハツカネズミというくらいですから、マウスなら20日で生殖可能になるのに、です」

 Reina氏のゴキブリ愛は留まるところを知らない。たとえばゴキブリの能力を、こんな風に生かせるのではないかと目を輝かせる。


「ゴキブリは、嗅覚を立体的に捉えるのがとても得意なんです。麻薬探知犬のような役割を担えるゴキブリを作ることも可能ではないかと個人的には思っています

思わぬ場所で遭遇すると「テンションが上がる」



 一般に、Reina氏のような洗練された女性ほどゴキブリなどの害虫とは縁がないように願っているのではないか。だがReina氏は「とんでもない」とかぶりを振る。続けて、「検体採取のためにゴキブリを捕まえるとき、ハンターになった気持ちでワクワクしました」と声を弾ませた。

「本来、ゴキブリは4℃以下で活動が停止します。だから冷蔵庫に入れて動かなくなったものを解剖するのがメジャーです。しかし私は、冷蔵庫に入れたときのストレスによって研究結果が異なる可能性が排除できないと考えていました。そこで私は、150匹のゴキブリが暮らす巣をビニール袋に入れ、出口を縛り、袋の外から捕まえる方法で成体を捕獲していました。ゴキブリは非常に賢く、また身体能力がずば抜けているため、かなり至難の業です。研究を離れたプライベートでも、思わぬ場所で研究用のワモンゴキブリに遭遇するとテンションが上がります。この種類は沖縄県や鹿児島県などの南の地方にしか生息しないのですが、つい先日、銀座で見かけました。思わず写真を撮ってしまったほどです」
 

「そんなスカート履いて、何しにきたんだ」と…



東大院卒の研究者兼レースクイーン「そんなスカート履いて…」教授からの“アカハラ”の実態を明かす
Reina+World氏
 研究の話をしているときには、夢のなかにいるかのようなあどけない表情を見せるReina氏。だが研究者としてみた研究環境については、必ずしも理想的ではなかったという。

「旧分子細胞生物学研究所の不正研究は公になり、問題となりましたので、ご存知の方も多いかと思います。私が見聞きしただけでも、パワハラやアカハラはありました。たとえば、現在は退官している教員ですが、自分の気に入った写真データでなければ散々な叱責をする方がいました。『お前の写真はダメなんだよ、人間として間違っているからだ』などと無関係な人間性批判をする人で。その教授と“懇意”な女性研究者にどういう写真がいいのかを尋ねると、『コントラストをこうやって上げて……』と、周りの細胞が消えるくらい加工していたのです。捏造とまではいえないまでも、研究結果を真正面から捉えたものではないと思います」

 あるいは同じ研究室の別の教員からの被害も経験した。

「とある教員の下で研究していたころは、『そんなスカート履いて、何しにきたんだ』から始まり、度重なる罵倒がありました。最終的には手分けして採取していたデータをすべて剥ぎ取られ、論文をその方一人の手柄にされてしまったこともあります」

ドロップアウトした優秀な研究者を「たくさん見た」



 Reina氏が危惧するのは、こうした個別的な事案についての加害性もさることながら、日本の科学研究全体のことだ。

「前提として、研究者の大多数は真面目に取り組み、気の遠くなるような研究をコツコツやっています。ただ、先ほど述べたようなパワハラやアカハラがあることによって、心を病んでドロップアウトしてしまう優秀な研究者もたくさん見てきました。みんな、もともと研究が好きでそこにいる人たちです。改ざんを指示されたり、自分が見つけた成果を捻じ曲げられたりすれば、精神をおかしくしても不思議はありません。さらに悪いことに、『研究とは苦しいものだ』『辛いことこそ善』という風潮が強い研究室も少なくありません。高校時代に父の研究室をみたときはみんなが生き生き研究に励んでいたので、ギャップにもショックを受けました」

“推し”の研究者がいるような状態が理想



東大院卒の研究者兼レースクイーン「そんなスカート履いて…」教授からの“アカハラ”の実態を明かす
Reina+World氏
 日本における科学の国際競争力は低下しているとの指摘がある。こうした状況について、Reina氏は自身の経験と強みを生かして、こんなことを考えている。

「日本の科学研究の現場は非常にクローズドであり、可視化しづらい状況があります。本来、科学的な発明などは人を救ったり幸せにするものであるはずなのに、人から応援されづらくなっているように思います。翻ってエンターテイメントが多くの人を幸せにすることは広く知られています。生きていくうえでの癒やしになるのは疑いようがありません。“推し”がいる生活は、その人を豊かにしてくれるものです。私は、科学研究においても、エンターテイメントの手法を取り入れると良いのではないかと考えています。理想をいえば、たくさんの人が“推し”の研究者がいるような状態です。社会に生きる人たちが研究者という存在をもっと身近に感じて、彼らがどんな未来を目指して研究に邁進しているかを知ることは、一緒に夢を見ながらともに生きる第一歩になるのではないでしょうか

 難しくて理解できない、何をやっているかわからない、堅苦しそう――。かつて科学研究は、一部の突出した能力を持つ者だけの聖域だった。そこに風穴を開けようともがくReina氏は、まだまだ孤軍奮闘を強いられる異端児だ。気さくで美形、天性の楽才、貪欲な研究欲――自身の強みにさらに磨きをかけ、大きなうねりとなって科学研究と一般社会の架け橋になる日を目指す。

<取材・文/黒島暁生>

―[“才媛”の光と影]―

【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki