2025年3月に解散し、半年後の9月に電撃再結成をして話題になったお笑いコンビのパンプキンポテトフライ。ボケ担当の山名大貴さん(現・カムバック)は解散から再結成までの間、完全に芸人を引退し、歌舞伎町の人気ホストクラブ「TOP DANDY」の従業員として働いていた。

安定を求めて裏方として働き始めたものの、芸人としての日々は心の奥底に残り続けていたという。山名さんが芸人再挑戦へと至るまでの試行錯誤と葛藤を振り返る。

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コンビ結成12年目で解散「高卒・職歴なしで次は何すれば…」

コンビ結成は2013年。高校時代からの友人同士で、3年連続M-1準々決勝進出を果たすなど実績を重ね、所属事務所ホリプロコムの中でも期待の若手とされていたパンプキンポテトフライ。しかし2025年1月、同年3月末で解散することが発表された。

「解散を言い出したのは谷のほうからでした。ネタを書いているのはすべて谷で、僕の怠惰な部分にストレスが溜まっていたようです。そのときは芸人を続けることは考えられませんでしたね。谷以外と組んだり、ピン芸人としてやっていったりする自信がなかったんです」

解散後、谷さんは芸人を続ける道を選んだ一方で、山名さんは完全に芸人を引退することに。「次は何をしたらいいんだろう」。高卒で芸人を始め職歴のなかった山名さんが解散から2か月後に歩んだ道は、ホストクラブ「TOP DANDY」の裏方としての就職だった。実は山名さんは3年前から「TOP DANDY」でドリンク出しのアルバイトをしていたのだ。

ホストクラブの裏方バイト「きっかけは大久保公園」

「お笑いだけの収入では生活が成り立たないため、僕以外にも多くの芸人がここでドリンク出しのバイトをしているんです。TOP DANDYに芸人が集まるようになったのは、ある日、社員の方が大久保公園の前を自転車で通りかかったとき、ネタ合わせをしている芸人たちを見かけて『君たちは何者なんだ?』と声をかけたのが始まりです。
これを機に元『マカロン』の舟久保匠さんが働き始め、人手が足りなくなった際に他の芸人たちも誘われる流れができ、僕はフランスピアノのヨーヘーに声をかけてもらって働くようになりました」

ホストクラブが最も忙しくなるのは夜10時から。そのため芸人たちは、出演するライブを終えてから出勤することができた。勤務は主に夜9時半から深夜1時までで、日給も悪くない。さらに芸人同士でシフトを調整できるため、「ライブの打ち上げがあるから休みたい」といった急な予定にも柔軟に対応してもらえたという。

「やめるならうちに来ないか」と…

山名さんは解散後もアルバイトとして働く中で、内勤のトップから「12年間芸人やったの本当にすごい。もし続けるなら応援するけど、やめるならうちに来ないか」と声をかけられた。

「ホストクラブのイメージからか、よく『ホストに、芸人だから何か面白いことやってとか無茶ぶりされるの?』と聞かれるんですが、そんなことは全然なくて。むしろ芸人という職業を尊敬してくれるホストが多いんです。賞レースで結果を出したり、テレビに出たりすると『すごいね!』声をかけてもらうこともあります。すでに人間関係はできているし、待遇もいい。ここで長く働けるのは魅力的だと思い、『ぜひ従業員として働かせてください』と返事をしました」

2025年5月から週5日、フルタイムで働き、ドリンク出し以外にホール業務も任されるようになった。

「ホールを担当するときにまず言われるのは、ホスト全員の名前を覚えること。在籍ホストが120人ほどいて、みんな端正な顔をしているので、最初は見分けがつかなかったです。
新人ホストの場合は特に分からなかったので、とりあえず『誰ですか?』って聞きまくりましたね(笑)。毎日いろんな人にたくさん話しかけたので、今ではノーメイクでマスク、帽子を深く被っていても、雰囲気で誰だか分かるようになりました」

見つけられなかった「芸人以外に楽しいこと」

ホストクラブの従業員という道を選んだ理由の一つには、「お金に困りたくない」という思いがあった。

「芸人の生活はとにかく厳しい。バイトをしながらネタ合わせをしてライブに出て、またバイトに戻る日々……。『芸人だからお金がなくてもいい、彼女と旅行に行けなくてもいい、親に何もしてあげられなくてもいい』と、自分に言い聞かせていましたが、辞めてしまえばそんな言い訳は通用しません。同世代が子どもを持ったり家を買ったりする姿を見て、自分も普通の大人になりたいと素直に思いました」

ホストクラブで働き始めてからは、給料が芸人時代の3倍になり、借金を返済できるようになり、通信代を払えず公衆電話を使うようなこともなくなった。しかし一方で、「芸人の次に本当にやりたいこと」はまだ見つかっていなかったという。

そんな中、解散から約半年後、谷さんに飲みに誘われ、「高校の友だち(山名さん)ともう一度お笑いがやりたい」と声をかけられる。実は山名さん自身も、お笑いへの思いを完全に断ち切れていたわけではなかった。

解散が決まってから、コンビ仲がよくなった

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紆余曲折を経て復活。パンプキンポテトフライの“第二期”に期待したい
「解散が決まってから、谷との関係がすごくよくなったんですよね。お互い肩の荷が下りたというか、高校時代の関係に戻れた感じで。解散を発表したにもかかわらず、ラジオでは普通に楽しく会話していました。

しかも解散の反響が意外と大きくて、記念のメモリアルブック『パンプキンポテトフライ「卒業」』まで出版させてもらいました。
3月31日の解散ライブには本当にたくさんのお客さんが来てくれて、配信もよく売れたそうで。あのとき初めて、『僕たちはこんなに愛されていたんだ』と実感しました」

山名さんは谷さんの誘いを快く受け、「カムバック」と芸名を変え、再びホリプロコム所属となった。再結成後は、事務所主催のライブに出演したり、さまざまなラジオ番組に呼ばれたりと、積極的に活動している。現在はフルタイム勤務ではなくアルバイトに戻り、芸人活動と両立しているそうだ。

今年の「M-1グランプリ」にもエントリーしているパンプキンポテトフライ。再結成した2人はどんな景色を見せてくれるのだろうか。

<取材・文/橋本 岬>

【橋本 岬】
IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです
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