「29」を最も長くつけたのが鹿取義隆。78年に明大からドラフト外で入団し、西武に移籍する89年まで11年間、背負った。
79年の開幕戦で中継ぎ起用されるなど、1年目から38試合に登板して3勝。82、83年は中継ぎや抑えに加えて、ローテーションの谷間には先発も務めることもあった。
サンチェが加入した86年は角三男とともに強力リリーフ陣を結成。87年には抑えの切り札としてリーグ最多の63試合に登板した。王監督が告げる「ピッチャー鹿取」は流行語になった。登板過多でも黙々とマウンドに上がる姿はファンの心を打った。89年はCMで「24時間戦えますか」のフレーズが流行した年で「29」を背に投げ続ける姿は「サラリーマンのかがみ」と言われた。巨人での登板数466は7位にランクインする。