DeNAのダヤン・ビシエド内野手(37)がNPB引退を決断したことが24日、明らかになった。
木村洋太球団社長が横浜スタジアムで対応した。
今季はここまで20試合の出場にとどまり、そのうち16試合が代打出場だった。3日のヤクルト戦(神宮)では今季1号2ランを放つなど、馬力健在を示していた。
キューバ出身の助っ人は19歳だった2008年に家族と米国に亡命。その際にいかだに乗って海を渡ったという逸話がある。決死の思いで渡米し、同年にホワイトソックスと契約。メジャー通算成績は打率2割5分4厘、66本塁打、211打点をマークした。
16年からは9年間、中日に在籍。移籍1年目には新外国人としてはプロ野球初の開幕3戦連発の離れ業を演じるなど鮮烈なデビューを飾り、ファンの心をつかんだ。中日時代から数えて日本では11シーズンに渡って、通算1021試合に出場し、1040安打、142本塁打を積み重ねた。
18年には打率3割4分8厘で首位打者、178安打で最多安打のタイトルを獲得した。25年8月17日の中日戦(バンテリンD)では古巣との試合でプロ野球48人目となる全球団本塁打を達成した際には竜党からの温かな拍手が送られていた。
引退会見は行わない予定で、近日中に日本を離れる見込み。親しみやすい明るい性格で誰からも愛された「エル・タンケ」(戦車)が静かにグラウンドを去る。
以下、木村球団社長の一問一答。
―引退報道について
「ニュースにも出た通りですが、本人から『日本での野球を引退したい』という申し出がありました。球団としても慰留はしましたが、本人の意思が非常に固かった。球団としても受け入れてこの先、契約を終了させる手続きに入っていくことを決めました」
―今日(24日)の試合がラストゲームか
「はい、おっしゃる通りです」
―申し出があったのはいつ頃か
「火曜日の広島戦後です。通訳を通じて『話がある』と言われ、ホテルに戻ってから、通訳を交えて直接話をしました。その中で、そういう意向を聞きました」
―理由について、どのように話していたか
「昨年途中からチームに加わり、今年も並々ならぬ覚悟を持っていた。中日時代と違って、今回は家族をアメリカに残して単身で日本に来ている中で非常に強い覚悟を持って、コンディションを整えてくれていました。ただ、オープン戦から開幕を迎える中で、本人が思い描いていた状況とのズレが出てきた。
―任意引退という形か
「任意引退という公示になります。本人から『日本で引退する』という言葉があったので、『他国でプレーする考えはあるのか』という話もしましたが、『現時点では決まっていない。一度戻ってから考えたい』ということだった。それなら任意引退という形が適切だろうということで、代理人ともコミュニケーションをとって決めました」
ーチームとしての活動もきょう(24日)までか
「そうです」
―引退会見は行わない予定とのことだが、本人の意向か
「今回はシーズン中ということもありますし、通常のシーズン終了後の引退会見とは状況が違うかなと」
―シーズン序盤でビシエドがいなくなるのは、チームとして痛い
「そうですね。先ほど本人にも伝えましたが、右の代打としての実績もありますし、打席での雰囲気もある。当然、打者としての結果という部分も含めてですけど、(結果だけに)とどまらず長いキャリアの中で培ってきたものがある。どんな立場、どんな状況でも、試合前から全力で準備する姿勢を見せてくれていた。そういう意味でもチームにとって大きな存在でした。戦力としても、チームの雰囲気という意味でも、痛い部分はあると思っています」
―話し合いは、ビシエドと直接行ったのか
「そうですね。はい」
―話がまとまった時期は
「契約事は代理人と進めていました。火曜日の夜からコミュニケーションを始めて、最終的に着地したのが昨日。そこで『今日までにしよう』という形になりました」
―今後の補強について、ビシエドの穴をどう埋めていくか
「ビシエド選手の穴というだけではなく、優勝するために何が足りないかという視点で、引き続き補強は進めていきたいと思っています」
◆ダヤン・ビシエド(Dayan Viciedo)1989年3月10日、キューバ出身。










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