栃木県那須町の小学校跡地を活用した「那須まちづくり広場」。ここは、終身で安心の高齢者向け住宅と、地域住民も利用するカフェやマルシェなどが共存する、全国でも珍しい取り組みの拠点だ。
働く場所、暮らす場所、最後は看取りまで。これから起こりうる人生の局面に対応できる場所
ひと言で「高齢者」といっても、まだまだ現役の働き手である場合もある。身の回りはすべて自分でできる方もいれば、なにかしらの支援が常時必要な方もおり、その状態はグラーデションだ。個人差というだけでなく、「いずれはそうなるかもしれない」なら、「いずれは通る道」。その都度、そういった受け皿がそろっているのが「那須まちづくり広場」だ。
例えば「ひろばの家・那須」は60歳以上が対象のサービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)だが、「自立型」と「介護型」の2つがあり、前者は基本的に通常の賃貸住宅+定期巡回、随時対応の訪問介護看護が受けられる。後者は24時間常駐する介護スタッフが本人の意向に沿ったサポートをする、といった具合だ。一方、60代未満には、多世代の賃貸住宅があり、40代、50代の移住者や二拠点居住者(デュアラー)が暮らしている。また地域交流の場であるカフェやマルシェで生き生きと「働く」居住者がいる。一方で、24時間介護士が常駐し、穏やかな最期を待つ人々もいる。
つまり、住み手の身体状況が変わっても、場所を移ることなく支援を受け続けられる体制が整っているのだ。
「実際に、ご夫婦で自立型のサ高住で暮らされていた方が、ご主人の認知機能が落ち、車イス生活を余儀なくされたため、ご主人のみ介護型のサ高住に移ったケースがあります。同じ敷地内に暮らすので、会いたい時に会えるんです。理想的ですよね。その選択ができるかっていうのが重要なんです」と那須まちづくり株式会社代表の近山恵子(ちかやま・けいこ)さん。
小学校の校庭だった場所に並ぶ、自立型の「ひろばの家・那須1」。木造の平屋住宅で、外壁は耐久年数が高く、さびにくいガルバリウム鋼板を使用(写真撮影/白石知香)
介護が必要な方が暮らす「ひろばの家・那須2」は24時間常駐する介護スタッフが食事、入浴、排せつの介助、散歩や外食の付き添いなどのサポートをする。入居条件は、要介護度1以上、共同生活を営むことができ、居室に一人で概ね支障がなく暮らせる方、常時医療機関等において治療を必要としない方。「ただ、入居後に身体や認知の機能が落ちてしまう場合も多々あり、その都度、医療・看護・介護スタッフと協議しながら、よりよいサポートを考えていきます」
介護型の「ひろばの家・那須2」の共用リビング。完全個室だが、ここで食事をしたり、おしゃべりをしたり(画像提供/那須まちづくり)
多世代賃貸住宅「ひろばの家・那須3」は入居条件に年齢制限はない。約半数が二拠点居住で、那須まちづくり広場内のテナントスペースで店舗・事務所で開業している方も複数いる(写真撮影/白石知香)
就労継続支援B型や、放課後等デイサービス「いちばんぼし」など、障がいがある方たちの働く場所、居場所も敷地内にある(写真撮影/白石知香)
放課後等デイサービスに通う児童含め、子どもたちの声が聞こえてくるのもこの場所の活気の証(画像提供/那須まちづくり)
老後を見据えた平屋暮らし。自分らしく暮らせる住まいを最後まであきらめない
「この拠点のベースは、施設ではなく、“住まい”なんです」と、近山さんは言う。
「国は長らく、“住まい”を福祉の分野の外に置いてきました。手厚いケアが必要になると、住み慣れた家を離れて介護施設へ入所するのが一般的でしょう。どうしても、高齢者向けとなると“施設”というイメージが強い。でも、動けなくなったなら、医療やケアを住まいの方に持ってくればいいんです」
那須まちづくりの代表、近山恵子さんは1949年生まれ。1988年に大阪市に民間初のデイサービス・ショートスティ併設型高齢者住宅「シニアハウス新町」を開設し、自身も母親と共に入居。1990年より高齢者の住まいプロデューサーとして活動(写真撮影/白石知香)
自立型のサ高住「ひろばの家・那須1」はほぼ平屋で(一部二階建てがあるがエレベーターが設置済み)、階段の上り下りは少なく、小さいながらも庭がある。ペットとも暮らせるし、庭で土いじりもできる。
できるだけ自由設計にもこだわった。間取り、収納量、窓の位置、コンセントやスイッチの位置。その人、その人のオーダーに合わせた住まいをつくり上げた。賃貸住宅ゆえ最初の入居者だけの特典ともいえるが、「それが物件の個性になって、意外と次の入居者にとっても、かゆいところに手が届く工夫の詰まった住まいになっているんじゃないかと思っています」(近山さん)
ただし住居の広さは約30平米~60平米台と、もともと一軒家で暮らしていたという居住者にとっては狭い。
「ひろばの家・那須1」の室内の様子。床は杉の無垢材にするなど、ログハウスのような温かみがある(画像提供/那須まちづくり)
ペットと一緒に暮らせるのもほかの高齢者向け住宅にはない魅力。「もし飼い主が最期を迎えても、このコミュニティでなんとかしましょう、なんとかなるでしょう、という感じなんです」(近山さん)(写真撮影/白石知香)
「ひろばの家・那須1」に暮らす五十嵐さんにとって、前の住まいの時から飼っていた愛猫茶々丸は癒しの存在かつ人生のパートナー。「ペットと暮らせる高齢者向け住宅は少ないんです。この子と一緒に暮らせることが、この住まいに決めた大きな理由のひとつです」(画像提供/那須まちづくり)
介護や看護、医療などのサポートを受けながら、住み慣れた家で自分らしく暮らす。ここは、最期まで安心して過ごせる場であると同時に、それまでの時間を「学び、交流し、働く」といった活動で人生を豊かに彩る場でもある。
「ここの前身であるサ高住で二拠点居住していた入居者のエピソードですが、もう一つの拠点があった大阪の病院で医師から『これ以上、治療法がない』と言われたそうなんです。でも彼女は『那須で死にたい、みんなに会いたい』と願って、8時間かけて那須に戻ってきたんです。翌日の午前中までみんなと楽しく過ごし、最愛の夫に抱きしめられて、旅立たれました。
入居者だけでなく、地域に開かれ、お互い助け合える仕組みに
那須まちづくり広場が特徴的なのは、元小学校の校舎を利用して、地域のための場として先行して活用されてきたことだ。
カフェやマルシェのほか、ベーカリー、本屋さん、菓子工房もある。テナントとして普通のオフィスも入っており、カフェでは居住者、ご近所さん、オフィスで働く人たちが昼食に訪れる。那須まちづくり広場のスタッフも仕事の打ち合わせをする。
コミュニティカフェ「ここ」。ランチ時には入居者だけでなく、ご近所やオフィスで働く若い世代の利用も。奥にはキッズルームもある(写真撮影/白石知香)
地産野菜をたっぷり使った、日替わりの和楽ランチ900円が人気(写真撮影/白石知香)
高齢者向け住宅がある場所というと、病院の延長のような静かな場所を想像するだろうが、常ににぎやかな雰囲気は、その先入観を大きく覆される。
そもそもスタッフと居住者の境目があいまい。カフェやマルシェで働くスタッフの中には、那須まちづくり広場の「ひろばの家・那須1」や、近所にある近山さんたちが手掛けたサ高住の「ゆいま~る那須」に暮らす居住者もいるからだ。居住者でありながら働き手でもある。
カフェスタッフでもある入居者の方々(写真撮影/白石知香)
新鮮野菜と自然食品、那須の名産などが並ぶマルシェ「あや市場」(写真撮影/白石知香)
ご近所の農家さんが収穫した野菜をマルシェで販売している。配達コストがかからないし、新鮮な野菜を手に入れられる(写真撮影/白石知香)
廊下はブックギャラリー「LaLaいくた」。寄贈された絵本、漫画、小説、画集まで、多彩な書籍約4000冊を収蔵。貸出も可能(写真撮影/白石知香)
交通アクセスでは課題がある。
最寄り駅は車で10分程度なうえ、自家用車を利用しない人も多いからだ。しかも、高齢化が進む地方では、それは地域全体の課題でもある。そこで、NPOによる会員制の送迎車「ひろばGO!」を導入。生活に必要な駅、商業施設、病院、役所、図書館、温泉、レストランなどを巡回するが、入居者だけでなく、地域住民も会費を払えば利用可能。ほかにも、相互扶助として送迎をお願いするシステムがあり、送迎をお願いした人は「あさひ券」なる地域通貨で謝礼を支払うことができ、受け取った側はこのあさひ券を、広場内のカフェやマルシェで利用できる。
「できることがあるなら助け合う。こんな小さな拠点があることが、少子高齢化が進む地方でのひとつのモデルになったらいいなと思っています」
1日に4便ある送迎車「ひろばGO!」(画像提供/那須まちづくり)
助け合いの謝礼は支援する方、される方で決めてもらうのが原則だが、時には那須まちづくり広場で使える「あさひ券」を謝礼にすることも。
敷地内にある「あい・デイサービス那須」は、介護型の「ひろばの家・那須2」の入居者だけでなく、近隣に暮らす高齢者の利用も多い(写真撮影/白石知香)
実は入居者のうち、7割弱が単身女性。「女性が生き生きと暮らせる場所を」という願い
取材中気付いたことがある。生き生きと過ごす女性が多いこと。あちこちであいさつ、おしゃべり。代表の近山さんも、声をかけられ、声をかけ、談笑。ここでは、誰もが顔見知りだ。
実は、「ひろばの家・那須1」の入居者の構成比は、夫婦24%、単身男性7%に対し、単身女性は69%。圧倒的に女性が多いのだ。
カフェで、マルシェで、ひろばの家の前で。あちこちでおしゃべりの花が咲く(写真撮影/白石知香)
「それはもともとの狙いでもありました」と近山さん。
「私達の世代の女性は、男性と同じように働いていたとしても賃金が上がらず、特に未婚のままだととても不安定な状況に置かれるわけです。でも『住まい』があればなんとかなるでしょう。それに、女性は年齢や地位に関係なく、自然と助け合うシスターフッドが形成されやすい。介護が必要になる前から入居し、元気なうちからコミュニティを形成しておくことで、最期までその場所で暮らし続けることができる。そのためには女性が参加しやすいと思っていただくことは重要でした」
家賃も1940年代から50年代前半に生まれ、ずっと働いてきた団塊世代の女性たちが支払うことができる設定に。
「そうした女性の平均的な年金額は約12万円。管理費4万円程度を差し引いても生活できるはずと考えました」
「ひろばの家・那須1」では、家賃15年間分を一括先払いする。例えば60歳で入居した人は75歳までの家賃を支払ったことになり、76歳からは家賃はなし。安否確認、緊急時の対応、入院退院時の対応などのサポート費として月4万円程度(1人暮らしの場合)を支払うことになる(画像提供/那須まちづくり)
50代女性からの問い合わせが増えたのは、自分自身の未来と親世代の最期を想定してのこと
実は現在、50代女性からの相談が増えているそう。それは「自分の親世代の相談」と「本人の今後」の両方の悩みがあるからだ。
「どうしても親のケアに関しては女性に、という風潮があるのが現実です。未婚の場合はなおさら。息子は家を出て実家に寄り付かず、娘が老いた高齢の親のケアをしているケースは非常に多いです。娘自身も、年老いた親が見捨てられず、仕事が疎かになるほど介護に忙殺される方も少なくないんです。でも、それでは共倒れになってしまう。親の介護環境を整えつつ、自分も将来的に安心して暮らせる場所を求めて、ここに行きつくのだと思います。例えば、親はひろばの家に入居し、自身は近くの賃貸に暮らす選択をすることもできます。このあたりは空き家も多いから、家賃も安いですよ。仕事だってどうにかなる。ここで働く選択肢だってあるんですから」
自身も介護経験があり、その経験がこの仕事を始める動機のひとつだった近山さんは、これまで女性が無償で行ってきた「ケア」や「サポート」を、正当なビジネスとして確立することの重要性を説く。実際、那須まちづくりの役員・スタッフも圧倒的に女性が多い。
ケアやサポートは全部女性の仕事で、しかも無償と思われがちだった。それをビジネスですよ、仕事ですよと定義するのが私の仕事の根本。当たり前のように言われて無償で提供してきたものが、お金になれば女性は働けるし、自立できるんですから」
スタッフも9割が女性。今日は管理栄養士とともに食事について打ち合わせをする近山さん(写真撮影/白石知香)
今は、「那須まちづくり広場」の第二弾、第三弾の計画が進行中だとか。温泉ホテルの建物を改修、旧小学校の跡地を活用するのだが、前者は温泉や整体、後者は100以上の学びのプログラムなど、入居者だけでなく地域の人々も活用できる場所として生まれ変わる予定だ。これだけの施設ができれば、当然雇用が生まれ、さらに新たなコミュニティが生まれるだろう。
「もちろんお金は必要だけれど、ゆるく助け合う関係性がないと、これからはやっていけないと思うんです。那須はもともと別荘地だった歴史もあり、移住者や二拠点居住者が多く、外からやってくる方達と、地元でずっと生まれ育ってきた人がうまく調和してきた場所です。私自身も元は移住者ですが、すっかり那須に根を張りました」
単なる住居の集合体ではなく、「自立しながらも繋がり合う」力強い生命のネットワークがある場所。自分自身の来たるべき高齢期と、親の最期を考え始めざるを得ない50代、60代にとって、理想的な選択肢となるだろう。
●取材協力
那須まちづくり株式会社

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