もどかしい思いを抱いているファンは多いだろう。第17節終了時点で、消化が1試合少ないとはいえ、首位ミランと7ポイント差の4位。
ここまでわずか1敗しか喫しておらず、失点数も16とリーグ最少タイなのは確かにポジティブだ。しかし、これは中堅クラブの話ではない。スクデット奪取は当たり前、目標を国内10連覇とCL制覇に定めているはずの絶対王者ユヴェントスの話なのだ。戦力がリーグ最高であることには疑いの余地がなく、だからこそアンドレア・ピルロ監督の采配、マネジメントには疑念を向けられることも少なくない。2020-21シーズン、ユヴェントスにとって至上命題であるはずのスクデット獲得にも暗雲が立ち込めている。

リーグ最高の戦力と、良くも悪くも無難な戦術

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就任1年目のピルロ監督は、現役時代から高度な戦術眼を武器にしていた photo/Getty Images

 アンドレア・ピルロは監督経験なしでユヴェントスの指揮を執ることになった。当初は下部組織の監督を経験させる予定だったが、前任のマウリツィオ・サッリを解任したことでいきなりトップチームを任されている。



 選手としてスーパースターだからといって、監督として成功するとはかぎらない。選手と監督では求められる能力が違うからだ。また、監督としての才能があっても、必ず初期段階では何らかのミスを犯す。それがトップチームで起こると取り返しがつかなくなる。そこで、下部組織など目立たない場所でミスをさせてからトップチームを任せることでリスクを減らすのが常道だ。監督は多かれ少なかれ失敗するものであり、失敗を経験した監督のほうが信頼できるのだ。


 ピルロ新監督のスタートは10連覇を目指す王者としては物足りない。それでも17節までわずか1敗で4位なので、新人監督としては悪くないのだが、ユヴェントスとしては十分ではないだろう。今後、一気に巻き返しがあるのか、それともこのまま調子が上向くことはないのか、現状の試合ぶりから探ってみたい。

 ここまでのプレイぶりは良くも悪くも「普通」である。ピルロの現役時代のスタイルから想像されるように、ボールを保持してゲームの主導権を握る志向性はみてとれる。ただ、それは前任のサッリ監督も同じで、ピルロ監督がそれをより先鋭化させているかといえばそうではない。
むしろボール保持に関するアイデアではサッリより保守的かもしれない。自分のアイデアを強く押し出すことを控えているのか、そもそもそういうものがないのかはわからないが、自分の色を押し出しすぎてチームを壊すようなミスはしていない。

 ユヴェントスのようにリーグ内で最高の戦力を持っているクラブの場合、選手の能力を生かすことが重要だ。スタープレイヤーたちを気持ちよくプレイさせ、あとは対戦相手にチームプレイで大きな差を作られなければ、個の能力の差で勝てる。これはユヴェントスが伝統的に踏襲してきた勝ち方でもある。そこを踏み外していないという点で、ピルロ監督は無難な選択をしているといえそうだ。


 攻撃のスターはクリスティアーノ・ロナウドとパウロ・ディバラである。前線の左から中央にかけて動くロナウド、セカンドトップとして相手DFとMFの中間ポジションに入るディバラ。それぞれのナチュラルなスタイルを尊重してチームを組み立てている。

 フォーメーションは[4-4-2]。機能性も「ごく普通」といっていい。

 ビルドアップの過程でセンターMFがディフェンスラインに下りる形での形状変化はあるが、今やどのチームでも取り入れている形にすぎない。
後述するがサイドバックの位置も形状変化しているわりには低く、個々の技術で何とかしているものの、とりたててビルドアップに優れている印象はない。第17節で対戦したサッスオーロのほうが洗練されていた。ポゼッション率でセリエAの1、2位対決だったわけだが、サッスオーロのほうがクオリティは高かった。

 それでもサッスオーロ戦は3-1で勝利している。相手が前半に退場者を出しているのにボールを支配される時間帯もあったが、個の強さで押し切った。45分間、1人多かったという事情もあるとはいえ、チームとしてのクオリティで劣りながらも圧倒されるまではいかなかった。
均衡させれば個の差で勝てる、ユヴェントスらしい勝ち方といえる。

 ただ、従来のユヴェントスの看板だった守備力は失われつつあるかもしれない。

 4-4のブロックで守っているが、さほど機動性は高くない。MF中央はベンタンクール、ラビオ、アルトゥールの3人のうち2人が担当しているが、いずれも守備のスペシャリストではない。パスワークは上手いが守備力は普通である。押し込まれたときに下がりすぎてバイタルエリアを開けてしまうシーンがしばしば見られ、全体のインテンシティも緩めだ。

 攻撃も守備も特筆すべきものがない。それでもセリエAは個々のクオリティの高さで優勝できるかもしれないが、現状では不安も大きい。ましてCLとなるとベスト4に入れるレベルにはない。スクデットならサッリ前監督のときも獲れているのだから、ピルロ監督への期待はその先にあるはずだが、現状ではかなり心もとないといわざるをえない。

“ピルロ流”のカギとなるのはサイドハーフの働き

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前線の2人とも相性が良く、ハードワークも厭わないラムジーは貴重な駒だ photo/Getty Images

 チームのスターはロナウドとディバラだが、カギになっているポジションはサイドハーフ(SH)だ。キエーザ、マッケニー、ラムジーのうち2人が主に起用されている。いずれも技術が確かで、スピード、走力に優れたタイプだ。

 SHは[4-4-2]の色調を決めるポジションである。ウイング、プレイメーカー、ハードワーカーなど、ここにどんな選手を置くかでチームの特徴が出る。監督の考え方が表れやすいポジションだ。

 ピルロ監督は左右どちらも運動量と攻撃力のあるタイプを起用している。ビルドアップにおいて中央のMFを下ろしているにもかかわらず、サイドバックがそれほど高い位置をとらない。SBがボールを持ったとき、SHは内側のハーフスペースにポジションをとるのが[4-4-2]の基本だが、ユヴェントスの場合はSBのボールを持つ位置が低いので、SHはタッチライン際に開いたままになっているケースが多い。ハーフスペースはむしろディバラが下りるために空けている。

 SHはSBからの縦パスを受けるので、タッチライン際で相手SBを背負った形になる。そこでキープできる技術とコンタクトでの強さが必須だ。前向きにはなれないので、ドリブルでの突破力よりもキープ力が要求されている。外でキープして、ディバラやボランチにつないでコンビネーションを使う。そのため、ウイングでもプレイメーカーでもなく、ハードワークできるセカンドトップのようなタイプが起用されているのだろう。

 1回下がってからスペースへ出ていって、そこでもうひと仕事する。キエーザ、マッケニー、ラムジーはそうした役割に合っていて、守備に切り替わったときにすぐに戻れる体力を備えている。彼らの存在がボランチと2トップの攻撃力を連結させ、さほど攻撃的でもないSBを補い、SBが留まることで守備の安定を担保している。いわばサイドのポストプレイヤーでありハードワーカー、ときにウイングにもなるSHの働きはピルロ監督が打ち出している数少ない色で、チーム構成上のキーポジションになっている。

 ロナウドの決定力は健在だが、かつてのようなスーパーな存在ではない。より味方のサポートが必要なのは間違いなく、その点でもSHにかかるところは大きい。

 ピルロ監督の理想がどこにあるのか、それが明確でないくらい現在のパフォーマンスは「普通」の域を出ていない。唯一の手がかりがSHであり、とくに急成長しているキエーザ、マッケニーの今後の働きしだいでピルロの構想が明らかになっていくのではないか。前人未到の10連覇という偉業が、その先にあることを期待したい。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD253号、1月15日配信の記事より転載