【都塚古墳】ピラミッド型の大型古墳、古代日本に伝わった最新建築技術の物証か!?

【都塚古墳】ピラミッド型の大型古墳、古代日本に伝わった最新建築技術の物証か!?

 専門家による調査が行われている奈良県・明日香村の「都塚古墳(みやこづか)」だが先頃、古代史研究家を驚かせる発表が行われた。なんと5段以上に石が積まれたピラミッド形の大型方墳であることが判明し、都塚古墳はこれまで発見されている古墳にはないユニークで謎に満ちた古代建築物として注目を集めることになったのだ。

【その他の画像はこちらから→http://tocana.jp/2014/08/post_4730.html】

■都塚古墳はピラミッド型方墳だった!

 都塚古墳は古墳時代にあたる6世紀の後半に建てられたとされ、当時の有力豪族・蘇我氏の礎を築いたといわれる蘇我稲目(そがの いなめ、西暦506年―570年没)の墓ではないかといわれている。

 調査に携わった明日香村教育委員会と関西大考古学研究室が8月13日に行った発表によれば、方墳の一辺の長さは約40mで、石を組み合わせて敷き詰めた層が7~8段(今回見つかったのは5段目まで)積み上げられたピラミッド型の構造であると考えられるということだ。方墳の西側の部分は少なくとも7m以上の高さがあり、東側は少なくとも4.5m以上あるとのこと。上から俯瞰して正方形に近い形なのか長方形なのかは現在はまだわかっていないが、この後に築かれた天皇陵に迫る規模の大型方墳であることが明らかになった。

 研究者によれば、当時の日本の権力者(蘇我氏など)が外国で流行している建築様式に倣い前方後円墳に代わるものしてこの方墳を設計したのではないかと考えられている。国内の同時期の方墳でピラミッド状の墳丘が確認されたのは初めてということだ。

■高句麗と密接な関係があった蘇我氏

 もしこの都塚古墳に葬られているのが蘇我稲目だとすれば、天皇陵に迫る大きさの斬新なピラミッド型陵墓に埋葬された蘇我稲目とはいったいどんな人物なのか? 

 古墳時代から飛鳥時代にかけて栄えた地方豪族の蘇我氏は、この時代に朝鮮半島の内奥部で繁栄していた高句麗(こうくり)と密接な関係があるとされている。蘇我稲目の父・蘇我高麗(そがの こま)の母は高句麗人だったといわれており、今でいうなら蘇我稲目はクォーターだったということになる。

 西暦536年(宣化天皇元年)にヤマト王権の大臣となった蘇我稲目は日本への仏教の導入に貢献すると共に国家財政にも手腕を振るい、蘇我氏を権力の頂へと引き上げた功労者とされているようだ。結婚後は蘇我馬子(そがの うまこ)ら4男3女の子をもうけ、娘3人全てを天皇家に嫁がせてその後の一族の隆盛の基盤を作ったとされている。

 クォーターである蘇我稲目自身も高句麗との関係が深く、一説では蘇我稲目は高句麗人の女性2人を妻にしたという記述が「日本書紀」に残っているという。蘇我氏と高句麗の深い関係が明らかになる中、今回のピラミッド型であることが分かった都塚古墳が、世界遺産である高句麗(現在は中国・吉林省集安市)の「将軍塚」にソックリであることも世に知られることになったのだ。都塚古墳は外国(特に高句麗)の建築技術で建てられたものである可能性が極めて高くなったといえるだろう。それによって都塚古墳が日本の古墳に類例のない外形であることにも説明がつくのだ。

■海外の流行に敏感だった古代日本人

 かくも高句麗との深い関係を持つ蘇我氏だが、一部には蘇我氏そのものが元は大陸から来た一族だという「蘇我氏渡来人説」を唱える者もいる。しかし、この説は現在のところあまり支持されていないようだが、蘇我氏が当時の外国の文化と技術に強い影響を受けていた一族であったことは間違いないだろう。

 一方、この時代に物部(もののべ)氏や大伴(おおとも)氏などライバルの地方豪族と激しく争っていた蘇我氏に協力していた秦(はた)氏を渡来系の一族だと見なすことはほぼ定説となっているようだ。高句麗に加えて秦氏の存在が、蘇我氏の外来文化系色彩(外国かぶれ!?)を説明するものだという考えも説得力がありそうだ。

 渡来系一族の秦氏ではあるが、その起源には諸説あり百済人説や秦王朝末裔説、チベット系民族説やユダヤ人説もある。ユダヤ人説は旧約聖書に記されたイスラエルの12部族のうちの、行方がわからなくなった10部族の一部が日本に辿り着いて定住したという説で、ユダヤ人と日本人は同じ古来イスラエル人だという「日ユ同祖論」の論拠となる説である。「日ユ同祖論」を裏付ける証拠としては、日本語とヘブライ語の共通点、神社の構造など根拠は山のようにあり、今後もこのピラミッドの構造が明らかになることで新たな歴史事実に近づくことができるようになるかもしれない。

 ともあれ、今から1400年前にも我々日本人は海外の文化に敏感にアンテナを伸ばし、時には最新の建築技術を導入して周囲をアッといわせる建物を建設していたのだ。洗練された和食や工芸文化、あるいは最先端の工業技術など今や海外からお手本にされることも多い日本だが、広く世界に目を向け常にセンシティブであることは古来から島国に住む日本人の習性であったのかもしれない。1日のうちたとえ僅かであっても、海外の情報に目を向ける時間を確保したいと自戒を込めて思う次第である。
(文=仲田しんじ)

あわせて読みたい

TOCANAの記事をもっと見る 2014年8月28日のびっくり記事
この記事にコメントする

\ みんなに教えてあげよう! /

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

びっくりニュースアクセスランキング

びっくりランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る

新着キーワード一覧

このカテゴリーについて

世界のびっくり事件や仰天する出来事などついつい気になる情報をお届け中。

通知(Web Push)について

Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら。