8年間半地下室に監禁された「永遠の10歳」ナターシャ! ― ウィーンの少女神隠し事件

8年間半地下室に監禁された「永遠の10歳」ナターシャ! ― ウィーンの少女神隠し事件

■裏庭の見知らぬ少女

 2006年8月23日のこと─。所は、音楽の都ウィーンの北東近郊、シュトラースホフという街の一角...。80才の男性は、隣家の裏庭をさまよう挙動不審な人影を目にして、あっけにとられてしまった。

 なにしろ、いままで一度も見かけたことのない少女なのだ。体はやせ細り、顔は青白かった。年齢は判断がつかない。彼女は泣き叫んだり、体を震わせたり、明らかにパニックを起こしていた。

 わけのわからぬまま、男性は急いで警察に通報した。

【その他の画像はこちらから→http://tocana.jp/2014/09/post_4900.html】

■地下室に8年半

 事情聴取の結果、彼女は1998年の通学途中に、突然、姿を消し、以来8年半に渡って行方不明とされていたナターシャ・カンプシュ(Natascha Kampusch/1988年生まれ/発見当時18才)であることが判明した。

 にわかには信じられない話だが、10才の彼女は、顔見知りの男に無理やりバンに押し込まれ、以来、その日までの3,069日間、男の家の地下室に延々と拘束されていたのだった。

 保護された時、ナターシャは体重が42キロで、「神隠し」にあった当時の体重とほとんど変わらなかったという。事件の目撃情報を募るをビラをご覧いただきたい。ほっぺがぷくぷくした可愛らしい少女の顔がある。一方、地上に戻った彼女は、目のまわりの隈といい、落ち窪んだ頬といい、実に無残にやつれていたという。

■軌道に消えた誘拐犯

 いたいけな少女を、自宅車庫の地下に幽閉した通信技師ヴォルフガング・プリクロピル(Wolfgang Priklopil/1962─2006年/享年44才)は、彼女が保護されてから数時間後、列車に飛び込み、自殺した。

 実は、オーストリア連邦警察の主任捜査官は、少女が行方不明になってから3カ月後に、一度プリクロピルを尋問している。しかし、「確固たるアリバイ」があったため逮捕には至らなかったと、TVで釈明した。

 この誘拐・幽閉事件が、身代金欲しさの犯行ではなく、男性の奥底に潜む魔性のしわざであることはもはや繰り返すまでもない。だが、容疑者の死とともに、事件の全貌を解明する手立ては永遠に失われたかに見えた。

■奇妙な声明

 地下からの衝撃的な生還を果たした5日後、ナターシャは記者会見の代わりに、声明文を発表した。それは実際、驚くべき内容で、国内外に大きな反響を呼び起こした。

 大方の予想に反して、なんと少女は、地下室の生活と容疑者プリクロピルを肯定的にとらえていたのだ。まず、閉じ込められた暮らしについて言えば「基本的に、誘拐されたことが元で、何かを失ったという気持ちは感じられない。むしろ、タバコとかアルコールをおぼえずにすみ、また不良ともつきあわずにすんだ」と述べている。

 容疑者と自分の関係については、「あるとき『ご主人さま』と呼ぶように求められたものの、本気ではないと見抜いて、拒んだ。わたしは彼と同じくらいに気が強かった」、「ときどき、きわめて紳士的な態度をとると思えば、逆に、手ひどい接し方をすることも少なくなかった」と言う。

 けれども、この声明にはプリクロピルに対する強い怒りや恐怖は見られず、それどころか反対に「彼は私の人生の一部だった」、「だから、私はある意味で彼の死を悼(いた)んでいる」など、むしろ、葛藤ともいえる複雑な情愛のもつれを示しており、社会の良識を大いにまごつかせた。

■地下室の永遠の10才

 彼女の語るところでは、地下室での日々は、ほとんど同じメニューの繰り返しであったらしい。まず、プリクロピルと一緒に朝食をとる。彼が仕事に出かけると、本を読んだり、テレビを観たり、ラジオを聴いたり─。

 本やビデオの助けを借りて、編み物や料理などを独学し、さまざまな家事もこなした。夜は夜で、帰宅したプリクロピルとのたわいのない会話に費やされたようだ。ここで、囚われの姫君の閨房ならぬ地下室の様子をご覧いただきたい。「地下室」という言葉がかもしだす、一種、陰惨なイメージはどこにも見当たらない。ほっと息をつきかけて、しかし、次の瞬間、何かひっかかるものを感じるのは、筆者だけではないだろう。

 この部屋は明らかにキッズ・ルームであって、誘拐犯がナターシャに求めたものを、無言のまま物語っているかに思える。

 彼は、少女が生きたコレクションとして、永遠に10才のままでいることを望んでいたのではあるまいか? その間接的な証拠の1つに、プリクロピルが、成長期の肉体が求める食事を十分にあたえなかった事実がある。繰り返すが18才の解放時の体重は、誘拐時とほぼ同じ48キロだった。

 もう1つは、ナターシャが後に『自伝』で明かしたように、容疑者が少女に性交を強要しなかった点だろう。キスや愛撫といった軽い性的な接触はあったものの、彼は決して無理やり少女の身体を奪おうとはしなかったのだ。

■なぜ逃げなかったのか?

 事件の全容を解明すべく、捜査当局はナターシャから繰り返し事情聴取をおこなったが、いまだ、多くの謎がそのままになっている。筆者も含めておそらく読者がもっとも不思議に思うのは、8年半ものあいだに、逃げる機会がまったくなかったとは考えられず、隙をついて、なぜ逃亡を試みなかったのかに集約されるだろう。また、にもかかわらず、8月のある日、突然、逃げ出した理由...。

 こうした当然の問いに、ナターシャは「もう少しでいいから、独りにしておいてほしい。たくさんのひとびとが自分を心配してくれるのは嬉しいけれど、すべてをうまく説明できるようになる時がくるまで、とにかくそっとしておいて欲しい、時間が欲しい」と答えている。

■手記『3,096日』を刊行

 ...そして、時がすぎた。解放から5年後の2010年9月、ナターシャは幽閉の日々を克明につづった手記『3,096 Days』を出版した。それは「人生の一部」であった容疑者に対する深い思い入れと、それとは明らかに矛盾する、警察の杜撰な捜査に対する憤りが混在した、奇妙な書物だ。

 ここから、脱出にまつわるエピソードを引いてみよう。18才になったとき、彼女は彼に解放を持ちかけたという。そしてどうやら、男は長い蜜月の終わりを受け入れたものらしい。それから数週間後、プリクロピルは電話をとるために、彼女を1人、わざと庭に残した。ナターシャが逃げ出したのは、この時だった。

『3,096 Days』は映画化され、ナターシャは翌年、その印税と全国各地から届けられた寄付金を使って、スリランカに小児病院を建設した。

 事件以来、彼女は不安定な精神を抱えながらも、社会生活に適応しようと努力をつづけ、2010年には22歳で大学を卒業している。現在、26才。彼女の心の傷が一刻も早く癒えることを祈りたい。

■そして、ミステリーはつづく

 こうして、現代オーストリア最大のミステリーの一つ「ウィーンの少女神隠し」は、少なくとも、かたちの上では解決をみた。だが、このケースはわたしたちに、つづいて同時に、人間にひそむ3つのミステリーを投げかけることになりはしまいか?

 1つ─。古来、男性という生物に執拗につきまとう「少女誘拐・幽閉」という、人類的な広がりを持つと想像される、黒い所有の慾望...。その正体は、はたしてなにか? わたしたちは今後、どうすればこの不吉な遺伝子に、あるいは共同幻想に別れを告げることができるのだろう。

 もう1つは、少女が死んだ誘拐犯に寄せる不可解な悼みと愛情だ。この奇妙な複合感情は、犯人と強く接触した犯罪被害者が過剰な連帯感や好意、また同情を抱いてしまう「ストックホルム症候群」の一種と考えられる。この事例については稿をあらためて、後ほどご報告したい。

 最後の1つは、先の「ポロック家の生まれ変わりの双子」の回で書き漏らしてしまった問題――。そう、カール・グスタフ・ユングが提唱した、あの「シンクロニシティー」である。

 父親ジョンの抱いた、事故死した姉妹が双子となって生まれ変わる異常なヴィジョンと強烈な願いが、かれらの転生になんらかの作用をはたしたものと想像されるが、この「ウィーンの少女神隠し」のナターシャの場合もまた、抑圧された家庭環境への不満から日頃、甘美な自殺願望をいだいており、誘拐の瞬間、まさにその空想のなかに囚われていたと、彼女は告白している。

 筆を執るのが、いささかためらわれることだが、死んでしまいたい、どこか遠くへゆきたいという少女の現実嫌悪が、いつしか、容疑者を引き寄せる甘い香りを放っていたのだとしたら?

 人と霊魂、人と人、あるいは人と事物の間に働く、いまだ解き明かされない、不可知の心的エネルギーの相互作用...。その謎を追って、臆せず、ペンを動かそうっと。
(文=石川翠)

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