福島第1原発で命を落とした男の勇姿を忘れてはいけない! 

福島第1原発で命を落とした男の勇姿を忘れてはいけない! 

 僕は死体写真家である。ヒトの死体を求めて世界中の危険地帯を渡り歩き二十年になる。仕事の性質上必然的に紛争地域にも通うが、僕にとって現場とは何といってもストリートである。戦場よりも個性的で人間くさい死臭を嗅ぐことができると思うからだ。そんな僕だが現在、福島第一原発の作業員として原子力災害安定化事業に携わってもう二年になる。ここに送るのは国難の縮図である1Fの原子力災害現場へやむにやまれず飛び込んだ憂国作業員によるリアクターへの右側からの肉薄である。

■ISによる日本人拘束事件の前日、釣さんは亡くなった

 1月19日は、湯川遙菜氏と後藤健二氏の人質動画が公開された日の前日だった。その日の9時6分ごろ、Jタンクエリア用雨水受けタンクN0.2の内面防水検査を請け負ったゼネコン大手、安藤ハザマの社員釣幸雄さんが、タンク内が暗かったことから天板部から太陽光を入れようとマンホールの蓋を動かしたところ、その五十一キロという重量を支えきれず、もろともタンク内へ十メートルの高さを墜落した。

 以下、1F内ER(緊急救命室)の所見。左気胸、左四・五・六肋骨骨折、右恥座骨骨折、不安定型骨盤骨折、左大腿部転子部骨折。1F内ERへの搬送時には意識があったという。

■パフォーマンスのために設置された矛盾だらけの部門

 さて、僕は除染ロボットの子守をやる前、1年以上にわたって「車両サーベイ」という部門にいた。この部門は、あらゆるヒトや物の出入りが厳しく制限されている管理区域の境界で、日に500台を超えることもある工事車両の退域時に車体と運転手の汚染の有無を測定し外部流出を防ぐという守衛的モニタリングの業務であるが、それは実に建前にすぎない。それはとてもモニタリングと呼べた代物ではない自己矛盾をはらんでいるのだ。マスク、タイベック、下着、軍足といった管理区域外への持ち出しが原則禁止されている東電提供の装備品を車内に発見しては投げ出して無慈悲に没収するという見事な〝東電の犬〟を演じてみせる業務、それが車両サーベイだ。

 この業務は震災収束後も遙かに続く復興ロードマップ上の短期的重大目標である「東京オリンピック」の成功を睨みつつ、構内環境や安定化事業の安全と機動性を確保する必用から、事故当初の非常事態の無秩序を労働法規の支配下の〝平常運転〟可能な"てい"に現場を適法化するため設置された法定ガイドラインの遵守を担保する要件のひとつであった。

 東電が責任を負う安全対策というアリバイ工作部門として、対外パフォーマンスを演じると同時に、環境や事業の進捗、外部の目に対応して、東電の都合次第で伸縮自在に運用される詭弁のツールであり、要は非常に矛盾に満ちた現場だった。日本の原発という、そもそもの存在論を顧みれば、存在する限り矛盾は不可避であるどころか、矛盾であることがその存在目的でもあるのだ。この部門は原発事故現場でしか存在し得ず、また安定化プロセスの初期段階にしか必要とされない、世界唯一の新設業務であり、矛盾だらけの原発業界の中でも特に矛盾だらけの1Fを象徴する滑稽な縮図だった。

■僕が見た釣さんの姿

 釣さんは毎日現場の蛇腹テントの中へ夕日が差し込む、遅番の店じまいが近い黄金色の静かな時間帯に、間違いなくこの世で最も汚いデミオに乗って現れる。車内足元はコンビニのレジ袋に埋もれ、実際に車両汚染が検出されることもしばしばだった。

 釣さんは僕と似た名字をカバーオールの背中に書き付けてあるという珍しさ以上に、非常に印象的な男で、車両サーベイ遅番の作業員は現場を離れて久しい者も皆彼の死を悼んだ。

 釣さんは毎日個人線量計を鳴らしながらやってくる。といっても線量オーバーという意味ではない。個人線量計には、1F構内に原則として九時間以上滞在することを禁ずる法令に従って制限時間が近づくと鳴動する機能があり、彼はいつもぎりぎりの時間に帰宅手段のデミオをサーベイしに来るのである。車に汚染があれば除染を終えないと構内から出せないというのに、それを見込んでいるとは到底考えられないぎりぎりの時間にサーベイしに来る。汚染の可能性が高い現場を移動する車両は構内保管し、通退勤には巡回バスなど別の車両を利用するのが常識だが、彼は現場車で入退域し続けた。一度アラームが聞こえない日があって、退域時間はいつも通りなのに珍しいと伝えたところ、途端に彼は血相を変えて線量計を置き忘れた休憩所へ戻っていった。言うまでもなく構内では線量計を肌身離さず持っていないと法令違反である。

 運転者が身体サーベイ場へ移動するため降車する際には靴カバー着用が義務付けられているが、1F初心者がそれを怠りがちなのは無理もなく、その際、乗車する足裏をサーベイメーターで測定し、次回からの靴カバー着用をお願いするのだが、釣さんは次回も靴カバーを忘れて直降りし、その後一週間ほどしていま一度忘れた。

 場面が場面で我々の邂逅は少々特殊であるが、僕は挙動不審の彼しか見たことがない。釣さんの笑顔は印象的だった。マンホールの蓋を落としちゃいかんと焦って、持ったまま手放す機会を失し、もろとも墜落していく様が目に浮かぶようだ。無念だ。

 9時43分、釣さんは1F内ER到着時には意識があったという。構外へ搬送する手続きとして身体サーベイを受けたところ幸い汚染はなく、10時8分、ドクターヘリが要請された。だが、天空を得るために事故に遭った彼は皮肉にも、悪天候の仕打ちを受けてヘリの飛行は断念せざるを得ず、救急車での搬送に変更された。10時半に搬送開始。目的地のいわき共立病院へ到着した時点で事故発生から2時間半が経過していた。

 無念だ。
 
 釣さんは働き者だった。名字からして地元の者ではない。僕と同じ〝外人部隊〟だ。釣さんに戦士の名誉を。
 
 諸君、1F殉国者釣幸雄さんに黙祷。
(文=釣崎清隆/ジャーナリスト・写真家)

・画像は、Wikipediaより

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