7年間ドヤ街・山谷を撮り続けた写真家は見た ― 年金を息子に奪われ、騙され、隅田川に散った老婆

7年間ドヤ街・山谷を撮り続けた写真家は見た ― 年金を息子に奪われ、騙され、隅田川に散った老婆
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――現在、ギャラリーふげん社にて、2016年移転予定の築地市場を取材した写真展『築地0景』を開催中の写真家・新納翔。かつて7年間ドヤ街・山谷を撮り続けた彼が、写真展を記念して特別寄稿してくれた。

【多数の画像はこちらから→http://tocana.jp/2015/06/post_4707.html】

■そこは、パラダイス底辺

 山谷、僅か約1.65k㎡程度の小さな区域に簡易宿泊所が密集する、大阪の釜ヶ崎、横浜の寿町に並んで日本三大ドヤ街のひとつ。ドヤとは宿(ヤド)とも呼べぬほど祖末なものであるという差別的な呼称であり、最近では簡易宿泊所、略してカンシュクなどと言うこともある。かつて日雇い労働者の街として知られた山谷も、時代の変化や高齢化によって、福祉の街へと変わり、今や「看護の街」とすら言われるようになった。私は写真家として、2006年から7年間、山谷で帳場の仕事をしながら移り行く山谷のあり様を見つめてきた。もちろんそこには厳しい現実もあるが、世間の抱く山谷へのイメージとは違う側面はあまり知られることはない。それは60年代に始まった山谷闘争という暗い歴史のイメージが強過ぎるからであろう。山谷にはかつての残り香と、時代の波に飲み込まれながらも右往左往する人達のドラマがある。それは、見方を変えればパラダイスでさえあるのだ。

■ふらっとやってきたおばあちゃん

 山谷も時代の流れを受け、介護士のいる福祉型の宿やホスピスが目立つようになった。「普通の街になった」と言っても差し支えないだろう。大阪・釜ヶ崎や横浜・寿でも福祉相談所があり、肉体労働者の街という言葉はもはや過去のものともいえる。もちろんドヤ街にはまだ肉体労働者はいるが、仕事は求人誌やウェブサイトから見つけるのが大半だ。山谷の居酒屋で「こないだよぉ、こんなアプリ入れたんだ」と自慢げに見せあう光景も今や山谷の日常である。
 
 2002年の日韓ワールドカップ以降、ホテル「ニュー紅陽」が外国人向けのサービスを初めてから、日本に来るバックパッカー向けの宿や、地方からの就活生やビジネスマンを受け入れる宿も増えた。暗くなった労働センターの前を女子高生がひとり歩く光景は、少し前なら考えられなかったであろう。古いドヤが解体され、レオパレスが建つなんてことも珍しくはない。とはいえ、報道番組等で外国人向けの宿が紹介されたりするが、依然として昔ながらの宿のほうが圧倒的に多く、堂々と「女人禁制」「一見様お断り」「ポンチュウ帰れ、すぐにばれるぞ!」といった張り紙が玄関脇にある宿もいまだにある。女性が山谷にいるとしたら、吉原崩れか、飯炊き女くらいなものだという見方は健在である。

 今回の主人公であるお婆さんが、うちの宿にやってきたのは2010年の暑い夏の日だった。荷物はたったひとつの小さな手提げ袋だけで、その話し方や所作から山谷に似つかわしくない印象を受けた。私のいた宿は、3割ほどが生活保護や年金暮らしの方で常にうまっており、残りの部屋を海外のバックパッカー等に提供していた。土地柄から、帳場にいると様々な人が訪ねてきて、前日に出所してとりあえず部屋が見つかるまで泊まりたいという人や、難民の方、DVから逃げてきたという訳ありの方が多いのだ。

「埼玉にいる姉に世話になることになっているから、ちょっと間だけ泊めてほしいんです。迷惑は一切おかけしませんから......」

 話を聞くに、10軒以上のドヤで断られて来たらしい。泪橋交差点から浅草方面へ向かって左側は比較的古い宿が立ち並び、昔と変わらぬ運営スタイルを貫いている宿が多い。帳場さんというものは奇妙なもので、ドヤ街では何かと帳場さんにペコペコと低姿勢な人が多い。内心「なにくそ、この若造め」と思っているのだろうが、帳場に断られたらその日は野宿になってしまうかもしれない。それが夏場ならいいが、冬場ともなればそれすなわち死を意味する場合もある。この時代になっても山谷では「越冬」が深刻な問題として扱われているのである。

■徐々に滞る宿代、定期的に訪れる謎の男 

 最初のうちは帳場にちょこちょこやってきては世間話をしたりして、気さくにお菓子の差し入れなどを持って来てくれた。そのうちに身の上話をするようになり、若い頃から飯場で料理を作り、その腕をかわれて旅館の厨房で働くことになったと。「○○さんの料理はおいしいっていうから色々な旅館からひっぱりだこでね。その頃はひとりで百人分作っていたんだよ。そりゃ凄いもんさ」。初めは警戒していたのかは知らぬが、だんだんと自慢話が多くなり、30過ぎて男に騙されたとか、話口調も横柄になってきた。「あの野郎が金を持って逃げたんだ、畜生!いつも騙されてばかりなんだよ!」時折、普段とは違い、語勢が乱れる語ることも増えてきた。

 その頃から、月6万円程の宿代が滞るようになった。初めは長くてひと月で出て行くという話が、すでに秋が終わろうとしている。「姉の方はもう少し待ってくれと言われているだけで大丈夫だから。まとまったお金が入る予定があるから、多めに払います」だの言い出すとなると、なんだか怪しくなってくる。当初は、外出といえばスーパーに行くくらいだったが、頻繁に出かけるようにもなった。宿賃に関しては、まとめて払う場合以外、基本的にその日払いが原則だが、おばあさんの人柄からオーナーは「年金が入ったときでいいよ、まさか逃げたりしないでしょ、ハッハッハ」と笑い飛ばしていた。

 そのちょっと前より、山谷でもこれといった知人がいないおばあさんのもとに、40を少し過ぎたほどの杖をついた男が訪ねてくるようになった。面会ということで部屋でなにやら30分ほど話しては帰っていく。ひとりでは靴もはけない様子で、手伝ったこともあった。何かある、胸騒ぎがした。

 とんでもない事実がわかったのは、それから数カ月後のことだった。

■実の息子に年金を奪われ、ヤクザに借金をし...... 

 宿代が出せないのは、ふた月に一度訪ねてくる例の男が年金を全部持っていってしまうからだということがわかった。年金支給日になって現れるこの男の正体は、実の息子だということも判明した。息子は生まれつき足が悪く、施設に入っているとのことであるが、それ以上の深い話を聞く事はできなかった。事が発覚してもおばあさんは「息子を責めないでださい、お金はどうにかしますから、この通りです。○○は生まれつき足が悪いけど、いい子なんです!」と、帳場の前で土下座をするのであった。お金にこまったおばあさんは、3日に一回カップ麺を食べられればいい方で、いつも「お腹がすいて倒れそうだ」と独り言のように言っていた。炊き出しなどは都内各所で行われているが、その情報が伝わらなければ意味がない。見かねて豆腐やちょっとした野菜などを差し入れることもあったが、最低限の距離を保つようにはしていた。

 ちなみに山谷であれば、安い値段で、大量のご飯が食べられそうな印象を持っている人も多いだろうが、実際はスーパーをのぞくとかなり高い。かつて山谷銀座と呼ばれた通りにある名前からして山谷らしい「厚生食堂」は、ちょっと朝飯を食べるだけで千円近くかかってしまう。こういった山谷の食堂が食べログにあるのも意外だが。

 山谷には見てくれは悪いが根のよい人もいれば、根っから悪いのもいる。店の名前はだせないが、表向きは居酒屋だが、そこの女主人が手広く金貸しをしている、そんなところもいまだにある。おばあさんは宿代の為にお金を借りて来たらしいのだが、悪い事が続くもので、借りた人が身元を隠して逃走中のヤクザだったのだ。後々聞くに、法外な利子を請求され、お金を搾取されていたらしい。このヤクザさんの方、私も面識のある人だったが、普段の物腰は柔らかいものの、ダブルのスーツを決めて歩いているとさすがに近づきがたい雰囲気があった。

■桜と共に散ったおばあさん 

 金策尽きたおばあさんだが、オーナーも無賃宿泊をこれ以上許すわけにはいかず、再三に渡ってその息子と話し合い、今後少しずつ返済していくと一筆書くに至った。しかしまともな職に就く事ができない息子に返す当てがないことは自明の理であった。一時期慌ただしそうにしていたおばあさんも、結局当てにしていた「埼玉の姉」に断られ、途方に暮れていることがわかると、開き直ったかのように落ち着いた様子に戻った。隅田川が綺麗に桜で色づく春先のころだった。

 ある日、栄養失調でふらつくおばあさんが帳場にやってきて「隅田川の桜を見たいんです」と言う。私はおばあさんの手を引いて隅田川まで一緒に歩いた。親切心なのか、なにか1枚いい写真が撮れたらという下心かはわからない。おそらく写真家としてどちらもあったのだと思う。山谷の宿からゆっくり歩いても20分ほどで白鬚橋を渡って隅田川に着いた。

「綺麗だね。こんな綺麗な桜を見たのは何年ぶりだろう......。ありがとうね」

 しみじみと"想い"を語るおばあさんの言葉を耳にしながら私も水面にゆれる桜を見ていた。その時だった。

「ざっぶーん」

 柵を乗り越えおばあさんは隅田川に身投げをしたのであった。あまりに突然のことになす術がなかった。警察が来て、めまぐるしい時が過ぎ、おばあさんの部屋に戻ると、机の上にスーパーのちらしの裏に書きなぐった遺書ともとれるものがあった。

あの男がきたので50万とられ、それでも私達がわるいのか
そのため子供がでていつたのに
おかあさんわるものにしてごめんねといってました

お金のいっぱいある人にはかないません
あのよでおわびします。
(文=新納 翔/写真家)

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