村八分の妄想に陥った凶悪犯 ― 山口5人連続殺人・保見光成の"本当の孤独"

村八分の妄想に陥った凶悪犯 ― 山口5人連続殺人・保見光成の"本当の孤独"

 今年7月、山口地裁で行われた裁判員裁判で死刑判決を宣告された保見光成(65)。判決によると、保見は2013年7月21日の夜から翌22日の午前中にかけ、山口県周南市の山あいにある金峰(みたけ)の集落で、70~80代の住人5人を次々に木の棒で頭などを殴って殺害。さらに被害者の住居2軒に放火し、全焼させた。実行したことだけを見ると、まぎれもない凶悪殺人犯である。

 だが、そんな保見に対し、インターネット上では「かわいそう」と同情の声が湧き上がっている。保見が事件前、現場の集落で被害者ら住民たちから「嫌がらせ」を受けていたという情報が流布したためだ。結論から言うと、それはガセ情報だが、保見は別の意味で「かわいそう」と言える人物ではあるかもしれない――。

【その他の画像はコチラから→http://tocana.jp/2015/10/post_7674.html】

■妄想だった「嫌がらせ被害」

山口地裁であった保見被告の裁判員裁判には多数の傍聴希望者が集まった
 被告人質問が行われた7月3日の第6回公判。法廷に白い半そでシャツ、黒のスラックスという姿で現れた保見は細身のおとなしそうな男だった。逮捕当初は真っ黒だった頭髪は真っ白になり、短く刈りそろえられていた。第一印象を率直に記せば、「普通の田舎のおっさん」である。

 そんな保見は逮捕当初、被害者の頭などを殴ったことを認めていたが、裁判では「脚を叩いただけ」と殺害や放火の容疑を否認。被告人質問では、被害者らの脚を叩いた動機として、事件前に被害者ら集落の住民から受けた「嫌がらせ」の数々を切々と訴えた。しかし......。

「寝たきりの母がいる部屋に、隣のYさんが勝手に入ってきて、『ウンコくさい』と言われました」

「Yさんは、自分が運転する車の前に飛び出してきたこともあった」

「犬の飲み水に農薬を入れられ、自分が家でつくっていたカレーにも農薬を入れられました」

「Kさんは車をちょっと前進させたり、ちょっと後退したりということを繰り返し、自分を挑発してきました」

「車のタイヤのホイールのネジをゆるめられたこともあった」

 このように保見が訴えた「嫌がらせ被害」はどれもいささか現実味を欠いていた。本人は話しながら感極まり、ハンドタオルで目頭を押さえる場面もあり、真実を話しているつもりなのは間違いない。しかし、集落の住民たちが保見に対し、そんな無益な嫌がらせをせねばならない必然性は何も見えてこなかった。

 保見は起訴前と起訴後に各1回の精神鑑定を受け、2度目の鑑定では事件発生当時に妄想性障害に陥っていたと結論づけられている。判決はこの鑑定結果も踏まえ、集落の住民たちによる「嫌がらせ」は保見の妄想だったと認めたが、妥当な判断だ。インターネット上で巻き起こった保見への同情論は、まぎれもなく被害者や現場住民に対する「二次被害」だろう。

■友達や女の話はほとんどなし

 ただ、保見が法廷で語った半生には、正直、身につまされた。

 保見は姉3人、兄1人がいる5人姉弟の末っ子として金峰地区に生まれた。小学校は1学年12~13人の小規模で、同じ集落に同級生はいなかった。中学卒業後は2、3人の同級生と一緒に岩国市の会社に就職するが、派遣された現場で「寝る場所が汚かった」ことを理由に3カ月ほどで退職。そして東京で左官をしていた兄を頼って上京し、自分も左官になった。

 その後、千葉や川崎で20年以上、左官として働いたが、どこの現場でも悪い評価はされなかったという。「自分は仕事が速いんです」。そう語る保見は少し誇らしげだった。経済的にも不自由していなかったようで、川崎在住時代はスナックによく飲みに行っていたという。

 ただ、保見の話には、その時々で仲の良かった友達や交際していた女の話がほとんど出てこなかった。何か趣味があったという話もない。当時の保見は仕事以外では、スナックで店のママや常連客と多少会話を交わす以外にあまり他者との交流がなかったのではないかと想像させられた。

■ひとりで両親を介護していたが......

 そして保見は40代になり、「子どもの頃に見ていた金峰の景色が忘れられなかった」と故郷の金峰にUターン。高齢者ばかりの過疎地だが、「バリアフリー関係の仕事をすればいいと思っていた」という。具体的には、家の中に手すりをつけたり、段差をなくしたりする仕事を考えていたようだが、その見通しは甘く、仕事には恵まれなかったようだった。

 一方、金峰に帰った当初は元気だった両親は次第に老い、保見がひとりで両親の介護をすることに。保見が50代になった頃、最初に母が、ほどなく父も亡くなった。そして保見は地域の人々から次第に孤立していったという。

「ご両親がいなくなり、寂しくなかったですか?」

 弁護人がそう質問すると、保見は「犬がいたから」とだけ言った。保見は当時、チェリーという白い大きな犬を飼っており、事件の頃もポパイとオリーブという別の2匹の犬を飼っていた。犬がいたからひとりでも寂しくなかったというのは、保見の本心ではあるのだろう。しかし正直、「犬しかいなかったのか......」と思わずにはいられなかった。

■症状は悪化中

「保見さんは孤独感を募らせ、妄想性障害に陥りました。犯行時は集落でいやがらせを受けているような妄想を抱いていて、心身耗弱か心神喪失の状態でした」

 弁護人たちは保見の主張に合わせ、保見は殺害や放火の犯人ではないと主張していたが、それと同時に保見は犯行時に責任能力がなかったとも主張していた。要するに弁護人も本心では保見のことを犯人だと思っていたということだ。しかし被告人席の保見は顔色ひとつ変えず、「保見=犯人」という前提で繰り広げられる弁護人たちの主張を平然と聞いていた。

「保見さんは、拘置所では治療を受けられているわけではないので、妄想性障害の症状は悪化しています」

 最終弁論が行われた公判後、保見の弁護団は報道陣にそう明かしたが、保見の病状が深刻だというのは素人目にも明らかだった。

■取材は一切拒否

 筆者は保見に直接話を聞いてみたく、裁判中に二度、収容先の山口刑務所を訪ねた。しかし、二度とも面会を拒否された。山口刑務所の関係者によると、「取材の人はいっぱい来ているけど、全部断っているみたいだよ」とのこと。無実を訴えるなら、マスコミを通じて自分の主張を世に伝える手もあるはずだが、保見は事件後も他者に心を閉ざし続けているらしい。

〈つけびして 煙り喜ぶ 田舎者〉

 事件発生当初に注目を集めた自宅窓の張り紙については、「『火の無い所に煙は立たない』の逆の意味です」「集落の人がこの張り紙を見て、話しかけてきたら、逆に誰が嫌がらせをしているのか聞き出そうと思っていた」と語っていた保見光成。現在は死刑判決を不服として広島高裁に控訴中だが、病状がさらに悪化し、控訴審では第一審とまったく違うことを言い出しても何の不思議もない。
(取材・文・写真=片岡健)

※イメージ画像:「Thinkstock」より

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