
16日、安田純平さんと見られる男性の動画が、ネット上にアップロードされていることがわかった。安田さんはアルカイダ系の武装組織「ヌスラ戦線」に拘束されているとみられており、政府は映像に関する情報収集を急いでいる。
騒乱が続くシリアでは、シリア政府軍やISIS、さらにさまざまな反政府武装組織やクルド人勢力が割拠しており、ヌスラ戦線も反政府武装組織のひとつである。数ある反政府武装組織の中でも強い勢力を保っているヌスラ戦線が、なぜこのタイミングで安田さんの映像を公開したのか。組織の性質と現状から、その理由を探ってみよう。
■アルカイダの流れをくむ残忍な組織
ヌスラ戦線は、シリアのスンニ派武装組織であり、シーア派から派生したアラウィー派であるアサド政権の打倒を目的として、2012年頃に結成された。現在、シリアの反政府武装組織の中でも強力な勢力を保っており、シリア北部のイドリブ県をほぼ支配下においている。
ヌスラ戦線は、アメリカで同時多発テロを実行したアルカイダに忠誠を誓っており、アルカイダの指導者であるアイマン・ザワヒリも、ヌスラ戦線をシリアにおけるアルカイダの支部であると認めている。
アルカイダの流れをくむことがあってか、戦闘においては自爆テロも辞さないなど、その手法は非常に残忍である。また、アサド政権への協力者を処刑する様子は頻繁に伝えられており、ネット上には手慣れた様子で斬首を行う様子がいくつもアップロードされている。小さなナイフ1本で手際よく首を切断している様子から、彼らが日常的にそのようなことをしているのがよくわかる。
イスラム法を厳格に執行していくことを是としているためか、女性に対しても容赦なく刑を執行しており、その様子もネット上にアップロードされている。裁判を受けたのかもわからない女性が姦通の罪で処刑される動画では、刑の執行の前に子どもに会うことを望む女性に対し、それを認めず頭を撃ちぬくなど、ISISに勝るとも劣らない残虐性だ。
シリアの騒乱に乗じて勢力の拡大を続けてきたヌスラ戦線であったが、ここにきて風向きが変わってきた。2月、アメリカとロシアがシリアでの敵対行為を停止することに合意したためだ。
■停戦合意の対象とならなかったヌスラ戦線
先月26日にアメリカとロシアの間で交わされた停戦合意は、ISISとヌスラ戦線などの組織を除いた勢力間で戦闘を行わないというものであった。これについてヌスラ戦線は、停戦合意はアサド政権に利するものだとして反発を強めている。
事実、この停戦合意はアサド政権を支援するロシア側にアメリカが譲歩したといわれており、ヌスラ戦線は停戦の対象とならなかったことで、今後もアサド政権が率いるシリア軍やロシア軍の空爆を受けることとなる。
さらにヌスラ戦線にとって問題なのが、彼らの支配地域の中にほかの反政府武装組織の支配地域が入り組んでいることだ。シリア軍やロシア軍がヌスラ戦線に対する攻撃と称し、公然とほかの反政府武装組織にも空爆できてしまっているのである。
このような状況では、ヌスラ戦線と徒党を組むと空爆の対象となってしまうため、反政府武装組織の間では、ヌスラ戦線と距離を置く形での勢力再編が進んでいる。ヌスラ戦線は孤立し始めているのだ。
今回、ヌスラ戦線が安田さんの映像を公開した目的は、身代金の要求であるとみられている。昨年末にはその拘束が報じられていた安田さんを、この時期に利用した背景には、停戦合意による苦しい状況に追い詰められているヌスラ戦線の姿があるのかもしれない。
映像が公開されたことで安田さんの家族も状況を把握し、悲痛な思いで彼の無事を祈っている。ヌスラ戦線が非常に残忍な組織であることは確かだが、日本政府がなんとか交渉を成功させ、一刻も早い救出なされることを願うしかない。
※画像は、白がヌスラ戦線の支配地域 「Wikipedia」より引用