今年は西暦1720年だったことが判明! 驚異の新説「ファントム時間仮説」が暴く“水増しされた”297年間とは!?

今年は西暦1720年だったことが判明! 驚異の新説「ファントム時間仮説」が暴く“水増しされた”297年間とは!?

 早いもので2017年も半分近くまできてしまったが、「実は今年は西暦1720年なのだ」と言う人が現れたら、まずは正気を疑うしかないだろう。しかし驚くなかれ、ある学者によれば中世ヨーロッパ史の297年間は捏造されたものであるというのだ。

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2017/05/post_13316.html】


■西暦614年から911年までの297年間は後から“水増し”された?

 ヨーロッパ中世史の一部で水増しと捏造が行われている……。もし本当なら文字通り歴史を覆す発見ということになるが、ドイツの歴史学者、ヘリベルト・イリグ氏はヨーロッパ中世の西暦614年から911年までの297年間は、後から“水増し”されたものであって、本来存在していないものであると指摘している。そしてこの説によれば現在はなんと1720年ということになる。

 この驚くべき説は、ファントム時間仮説(Phantom time hypothesis)と名づけられ、1991年に出版された自著でイリグ氏が提唱している。

 ではいったい誰がわざわざそんなことをたくらんで実行に移したというのか? イリグ氏によれば“犯人”はローマ教皇のシルウェステル2世(950‐1003)、神聖ローマ皇帝・オットー3世(980‐1002)、東ローマ帝国の皇帝・コンスタンティノス7世(905‐959)が西暦の年代数を大幅に加算したというのだ。

 しかし年代を改変して、いったい何の得があるというか? なんとその主な理由は、オットー3世が歴史的に節目となる年である西暦999年と1000年、いわゆる“ミレニアム”の区切りの世に君臨することを意図してのことであると説明している。つまりオットー3世が“ミレニアムの皇帝”として、後世にも輝かしい栄誉を残したかったからであるというのだ。とするならば、オットー3世は本来は西暦638年から705年の人物ということになる。

 1582年にヨーロッパではユリウス暦から現在の西暦であるグレゴリオス暦に切り替えられ、その年の10日間が切り詰められたという経緯があるのだが、1582年に計算したのであればギャップは13日になるはずであるとイリグ氏は指摘している。そして1582年が実は297年前の1285年であったとすれば、この10日という修正すべき誤差が導き出されたことの説明がつくということだ。

 そしてもちろん、オットー3世はこの年代の改変に際して、あらゆる記録物の年代をつじつまが合うようにプロジェクトチームを結成して書き直させたという。つまりこれはオットー3世の謀略であり、歴史的陰謀論ということだ。


■ニーミエッツ教授「アラブ・東ローマ戦争があった事実を保証する歴史的記録はない」

 イリグ氏がそもそもこの突拍子もないアイディアを思いついたのは、西暦614年から911年に作られたといわれる美術品や工芸品の数が少なく、時代を反映するはずの様式面から見ても、かなり“怪しい”点があることがきっかけであったという。そして10世紀のものといわれている時代のローマ建築の数々は、とても1千年以上経っているものには見えないという率直な実感もあるという。

 このファントム時間仮説を提唱しているのはイリグ氏だけではない。ハンス・ウルリッヒ・ニーミエッツ教授は1995年に出版した自著『Did the Early Middle Ages Really Exist?』の中で「ヨーロッパの中世初期は存在しない」と結論づけている。

「古代(1世紀)とルネッサンス(1500年代)の間に、約300年分の多すぎる年代記が含まれています。言い換えれば、ローマ帝国の皇帝アウグストゥスは、2000年前の人物ではなく、1700年前の人物なのです」(ハンス・ウルリッヒ・ニーミエッツ教授)

 そしてニーミエッツ教授もまた、イリグ氏と同じくユリウス暦からグレゴリオス暦への切り替えにも注目しているということだ。

 イリグ氏が主張する“ファントム時間”である西暦614年から911年までの間は、たとえば東ローマ帝国とイスラム王朝勢が戦った「アラブ・東ローマ戦争」(約630‐約1050)があったとされるが、ニーミエッツ教授によればこの戦争があった事実を保証する歴史的記録はないということだ。
 そしてもうひとつ、その時代に当てはまるのはローマ教皇の承認のもとで成立したフランク王国のカロリング朝(751‐987)の歴史だが、これもまた架空の大河ドラマのように丸ごと“創作”されたということになるのだろうか。もしそうだとすればあのカール大帝もまたフィクションの人物ということになる。

 登場して25年以上が経つ“ファントム時間仮説”だが、発表当初から歴史学のメインストリームではほとんど支持を得られていないようだ。批判の根拠としては、614年から911年に起こった日食が記録されていて、日付も計算と一致するということである。しかし、計算できる事象であるということは、後からでも盛り込むことができるかもしれない。

 日本では現行の西暦が明治時代に採用されたためこの話題には直接関係しないことになるが、西洋史がもし300年短いものであったとすれば、歴史の理解に大変革がもたらされるだろう。ファントム時間仮説に今後新たな展開があるのか気になるところだ。
(文=仲田しんじ)


※画像は「Wikimedia Commons」より

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「今年は西暦1720年だったことが判明! 驚異の新説「ファントム時間仮説」が暴く“水増しされた”297年間とは!?」の みんなの反応 2
  • kota 通報

    その当時の諸外国との交流を見ればすぐに真偽がわかると思うが。

    1
  • 指輪物語 通報

    ヨーロッパって、ファンタジーが好きなんだな。この調子だと、キリストも居なかったっぽいな

    1
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