【首都直下地震】被害がデカすぎて政府が触れない「東京湾巨大津波」のタブーを大暴露!! 関東大震災2で首都完全水没は確定コース!
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 9月1日は、関東大震災にちなんだ「防災の日」。もはや首都直下地震は「いつ来ても不思議ではない」といわれるなかで、「そもそも東京湾に津波って来るの?」という認識を持っている人が少なくないのではないか? しかし実際は、東日本大震災では東京湾内に2mを超える高さの津波が到達した場所もあったのだ。そもそも、大震災の前にも後にも、「東京湾に津波が来る」という概念自体がタブー視され、多く語られてこなかった節がある。そこで、「防災の日」を契機に、首都直下地震に限らず、大地震による津波が東京湾に襲来した際、どの程度の被害が想定されるのか“本当のところ”を考えてみたい。

 津波とは、地震に限らず火山噴火・山体崩壊・隕石衝突などによって生じる大規模な波の伝搬現象だ。その意味で、台風などによる高波や高潮とはまったく異なる現象といえる。たとえ20cmの高さでも、足を取られて転倒する恐れがある。30cmで歩行が難しくなり、50cmで死亡率が約5%、70cmでは約70%と跳ね上がる。そして、1mの高さではなんと100%で、ほぼ全ての人が波に呑み込まれるとともに、木造家屋が破壊される。高さ2mともなれば、船舶にさえ甚大な被害が発生するという。

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■3.11で東京湾は津波に襲われていた!

 2013年12月、国の有識者会議は首都直下地震の被害想定を発表したが、大地震の発生パターンとして、相模トラフで発生する最大級(M8.7)の地震における津波高も一応は検討された。しかし、発生頻度が2~3千年間隔と低いため、被害想定までは出さなかった。

 これを真に受けて、「津波は安心」と考えるのは大きな間違いだ。東京湾を津波が襲う可能性は、“十分にある”からだ。東日本大震災では、東京湾にも津波が襲来した。千葉県の調査では、内房の木更津市で高さ2m強の津波が20回以上(最高2.83m)観測され、船橋市では最高2.40mを記録した。また、荒川、隅田川、多摩川では津波が遡上していたのだ。そして、こうした事実は、なぜか大きく報道されなかった。そのため、3.11で東京湾に津波が襲来したという事実さえ知らない人が、いまだに多い。

 3.11以前、東京湾の津波想定は、たとえ震源が首都圏であっても、せいぜい1.2m程度の高さと考えられてきた。だが実際には、それを大きく上回る津波が来襲したため、東京都はそれまでの防潮堤の高さを見直す必要に迫られた。結果、現在の東京港は沿岸を高さ3.5~7.9mの防潮堤で囲んでいる。しかし、それは東京港内のすべての埋立地をカバーするものではない。

 そもそも防潮堤は、「これだけの高さがあれば大丈夫」という想定のもとで作られるが、肝心の想定が必ずしも適切とは限らない。3.11の前、岩手県宮古市田老地区には、過去の津波被害の教訓として、高さ10m、総延長2.4kmもの「万里の長城」と言われるほどの国内最大級の防潮堤が築かれていたが、津波で呆気なく壊滅してしまった。防潮堤の存在を過信したために、却って甚大な被害を生んだとの指摘もある。

 また、人為的な要因によって防潮堤の存在意義がなくなってしまうこともある。3.11では、千葉県が管理する県内の水門29基のうち、8基の閉鎖作業が津波の到達時間に間に合わず、千葉市中央区などでは床下浸水などの被害が出ていた。これは、津波警報が発令されていながら、閉門が間に合わなかったという、あるまじきケースだろう。


■タブー視されてきた東京湾の大津波

 結局、「東京湾には津波は来ない」という多くの人々の思いは幻想だった。それにもかかわらず、あまり報道がなされず、事実を知らないままの人が多い。3.11以降、さすがに以前よりも大きな被害を前提とした想定がなされるようになったが、問題は、果たしてそれで十分なのか否かだ。

 そもそも、東京湾に津波が襲来すること自体がタブー視され、あまり真剣な議論がなされていない“思考停止”状態にある。また、首都直下地震以外にも、房総沖地震の発生なども国の中央防災会議では真剣に取り上げられていない。東京湾を大津波が襲った場合、首都機能に壊滅的被害を及ぼすなど、被害予測があまりにも大きくなり、想定すること自体がタブー視されているのだ。観光的見地からもマイナスイメージが極めて大きいため、積極的に語れないという事情もあると推測される。

 3.11以前の東京都は、東京湾は入口が狭く大きな津波が入りにくいため、通常の高潮対策で十分に対応できると主張し、内閣府の中央防災会議でも、湾内の津波高さを最高で50cmと見積もっている有様だ。こうして日本人は、原発安全神話同様、「東京湾津波安全神話」に支配されてきたのだ。


■過去の歴史を紐解けば… ヤバすぎる東京湾の大津波

 東京湾における将来の津波被害を考える際、やはり過去の歴史を紐解くことが大切だ。記録に残っている東京湾の津波被害をみていこう。

 江戸時代の元禄年間に房総半島を襲った元禄地震(1703年12月31日、M8.2)では、津波が隅田川を遡上、また浦安では2mにも達し、多数の人畜が死亡した。両国では1.5mで船が転覆、横浜野毛では3m程度で、家屋が多数流出したという。

 その150年ほど後の安政東海地震(1854年12月23日、M8.4)では、房総半島から四国にかけて津波が襲来したが、江戸では隅田川河口の浜町河岸(中央区)で水位が1mほど上昇して路上が浸水、深川(江東区)でも水が溢れたが家屋までは到達しなかったと古文書に記されている。

 一般的にいえば、東京湾の最奥部である東京都や千葉市などの沿岸よりも、より手前にある三浦半島東部や横浜市などの方が津波による被害が大きくなることが予測される。たとえば関東大震災の時、東京府では津波被害がなかったが、横浜では津波によって200~300人が亡くなっている。鎌倉由比ガ浜の一部では9m、逗子、藤沢の沿岸では高さ5~7mにも達したという。このように、過去の歴史を紐解いても「東京湾には津波は来ない」などというのは幻想にすぎないことがわかるだろう。


■東京湾の最新の津波被害想定(南海トラフ地震の例)

 最後に、南海トラフ巨大地震の被害想定から、東京湾内に襲来する津波の高さと到達時間を示す。

東京湾の津波想定(最大高さ、カッコ内は到達時間)
・ 神奈川県鎌倉市:10m(34分)
・ 東京都(江東区・中央区等):3m(3時間6分)
・ 千葉県千葉市:3m(1時間49分)

 繰り返すが、これはあくまでも想定であり、さらに大きな津波に襲われる事態もあるだろう。また、南海トラフ地震(東海地震)よりも震源がより首都圏に近く、規模が大きい場合も十分に考慮しておかなければならない。防潮堤を過信しすぎることも被害を拡大させる一因となる。そう、3.11で思い知ったように、地震国である日本に生きる我々は、常に“最悪の事態を想定”しておく必要があるのだ。

(百瀬直也)


※イメージ画像:「Thinkstock」より