今一番ヤバい街「川崎」を撮った写真家・細倉真弓に訊く! 不良、貧困、ヘイトデモ… その裏側にある“地獄のイデア”とは?

今一番ヤバい街「川崎」を撮った写真家・細倉真弓に訊く! 不良、貧困、ヘイトデモ… その裏側にある“地獄のイデア”とは?

 音楽ライターの磯部涼による新刊『ルポ 川崎』(サイゾー)は、ラッパーやダンサー、スケーターなどストリートに生きる人々を取材し、川崎(神奈川県川崎市川崎区)という街を浮かび上がらせた一冊。帯の「ここは、地獄か?」という一文そのままに、中学生による殺人事件が起こり、不良たちが暴れ、在日外国人や日雇い労働者たちが暮らすこの特殊な街の不穏さをハードボイルドな筆致で浮かび上がらせている。

 そして、雑誌『月刊サイゾー』での連載当初から、独特の青みがかった色調で川崎を撮影し、磯部とともにこの街の実像に迫ってきたのが写真家・細倉真弓。磯部のルポに合わせ、細倉の写真もまた『写真集 川崎』(サイゾー)として出版されている。言葉ではなく、カメラによって川崎を描き出してきた細倉の目に、いったいこの街はどのように映ったのだろうか?

【その他の画像はコチラ→http://tocana.jp/2017/12/post_15468_entry.html】

■撮影を通して感じた川崎の温度感

――そもそも細倉さんは、川崎とはどのような関わりがあったのでしょうか?

細倉真弓(以下、細倉)  連載が始まるまでは、まったく縁のない場所で、持っていたイメージも「工場地帯」くらいのものでした。でも実際に足を運んでみると、川崎のごちゃごちゃした感じが私の出身地である関西に似ていて、少し懐かしさを感じましたね。

――当初は雑誌の連載企画として始まったものですが、細倉さんには、どのような撮影意図があったのでしょうか?

細倉  撮影の内容や場所は連載に合わせて進むので、写真家側にそれほど選択権はなく、現地に足を運んで、実際に出会ったものをそのまま受け入れるという姿勢でした。ただ、普通の仕事とは異なり、自分で行こうと思ってもなかなか行けない場所ばかりだし、そこで出会う人も面白い人ばかり。今日は何が見れるんだろう? と純粋な興味を持って撮影していました。

――特に印象に残っている撮影風景はありますか?

細倉  地下格闘家の男の子たちの写真は、中学校の体育館で練習しているところを撮影したのですが、その後ろではおじいちゃんと子どもが柔道の練習をしていた。両者が特に関わることもなく、別々に共存している。その空気が、どことなく“地元っぽい”印象を受けましたね。

――まさに、川崎の温度感を象徴するようなエピソードですね。

細倉  また、ラッパーのA-THUGさんの出所パーティはとても印象深い空間でした。彼は、ラッパーとしても不良としても川崎では有名人なので、この連載で撮影した何人もの若者たちが一堂に会していました。その様子を見ていると、A-THUGさんというカリスマ的中心人物を通して、バラバラだったそれぞれの物語が接続していくような感覚を覚えました。とても感動的なシーンでしたね。

■対象から溢れてくるものを100%肯定する

――地下格闘家のほか、不良ラッパーやスケーターであったり、ヘイトデモの現場まで撮影されています。普段はなかなか出会わないような人々や光景だと思いますが、怖さのようなものは感じなかったのでしょうか?

細倉  取材する相手は、みんな協力的で優しい人たちばかりでした。特に、若い不良たちは「俺を見てくれ!」という自意識が強いのか、積極的にポーズもとってくれました。

――しかし、写真集の中には、ポーズをキメた写真は少ないように感じます。どのような意図から写真をセレクトしていったのですか?

細倉  まず、彼らを撮影するにあたって、彼らを100%肯定するという姿勢で臨みました。「こんなイメージを撮影したい」「悪そうに見せたいからこんなポーズをお願いします」というような演出をなるべく排し、「この人はヤバイ!」あるいは「この現実を見ろ!」と声高に叫ぶ写真にもしませんでした。それよりも、その場にいる、その人自身を、ただ撮影する。そこから溢れてくる魅力を、すべて肯定しようと思ったんです。

 だから、ラッパーの子たちが、かっこいいポーズをキメてくれた写真は、あまり使っていません(笑)。それよりも、キメとキメの間にある微妙にキメきれていない感じの方が私にとっては意味があるように感じましたね。

■具体と抽象の「あわい」

――『ルポ 川崎』の帯には「ここは、地獄か?」とあります。実際に撮影を通して、細倉さんも「地獄」のようなイメージを得たのでしょうか?

細倉  確かに、彼らの生い立ちや環境を知れば、「地獄」という言葉はわかる気がします。けれども、実はそれって誰の身の回りにもあるような地獄じゃないかな? 連載や単行本にはキャプションがあり、情報が書き込まれています。しかし、キャプションを外して写真として見ると、固有名詞がなくなり、抽象的な人の集まり、どこにでもある街の風景に変わる。今回の写真集には『川崎』というタイトルがついていますが、もしかしたら、読者の地元にもこういう光景があるかもしれません。そう考えることによって、川崎の物語をただ眺めるのではなく、読者自身の物語にもなるのではないかと思います。

――磯部氏は、細倉さんの今回の作品を通じて「黒みがかった青が印象的なプリントの中では、生と死が溶け合い、ある種の霊的な時間が流れる」と語っています。「霊的な時間」とは、細倉さんの持つ「抽象的な人の集まり」という視線と関係が深そうですね。

細倉  私は人物を撮影していても、どこかその個人ではなく、彼らの裏にある人間のイデアのようなものに接続させたいという気持ちがあります。この写真集には、さまざまな人が登場しますが、この人たちの裏側には、ひとつの霊のようなものがある。そこにつながる入り口としての写真を撮影しているんです。そして一冊の写真集にして眺めてみると、たしかに「川崎」としての大きな何かがある。それが撮りたかったのかもしれません。

――川崎としての大きなイデア……。

細倉  例えば、BAD HOPのBark君を撮影した写真がありますが、ここに立っているのはもしかしたら彼じゃなくてもいいのかもしれない。ここに写っているのは、Bark君ではなく、ここに住んでいる「誰か」かもしれない……。そんなことを考えるんです。

――イデア界への入口として、具体的な風景や人々を撮影している。細倉さんの写真からは、そんな具体と抽象の「あわい」を感じます。

細倉  そして、それは1枚1枚の写真を眺めるよりも、1冊の写真集としてめくっている間に見えてくるようなものかもしれません。連載時は、キャプションの言葉によって説明できる写真をなるべく多く使いましたが、今回、写真集を作るにあたってはスケートパークで中学生がコケた瞬間のような、(キャプションがないと)状況がわからない写真も使っています。でも、そういったよくわからない写真によって、もしかしたら別の川崎があり得るのかも……という「余白」が生まれて、作品に奥深さが出てくる気がします。

――ところで、細倉さんの作品には青い色調が印象的に使われており、今回の『川崎』でも、その持ち味が生かされています。いったい、なぜ細倉さんはこのような色の表現をなさるのでしょう?

細倉  私の中に「生っぽさ」を消したいという思いがあるんです。写真の持つ青さは、現実そのままを写しているのではなく、レイヤーを通した世界であるという印象を与える。それによって、リアルを押し付けるのではなく、あくまでも写真の中で起こっている“物語”にすることができると思っています。人物を撮影するときも、生き生きとした肌の色は生々しすぎて、あまり好きではありません。青白い顔をした人間から感じられる物語のほうが、私の感覚には合っているようです。

――ありがとうございました!

(取材・文=萩原雄太/かもめマシーン)

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