宗教系の学校に通うと“嫌なヤツ”に育つことが判明! 分け与えず、共感せず、他者に過剰に厳しく… イメージと真逆の実態(最新研究)

宗教系の学校に通うと“嫌なヤツ”に育つことが判明! 分け与えず、共感せず、他者に過剰に厳しく… イメージと真逆の実態(最新研究)

 子どもを宗教系の私立学校に通わせるかどうかは親それぞれの判断になるが、信仰にあつい親たちにとって気がかりな研究発表がなされている。宗教の教えのもとで育てられた子どもは皮肉にも利他性が低く他者に厳しくなるというのだ。

■宗教教育で育てられた子どもは気前が悪い?

 宗教教育で育てられた子どもには、高い道徳心があり、他者に優しく慈悲深い心の持ち主であるという一般的なイメージは根強い。だが最近の科学研究は、こうした印象に真っ向から異議を唱えるものになった。信仰にあつい環境で育った子どもは、そうではない子どもよりも他者に対して気前が悪く、他者がしでかした不適切な言動にはより厳しいジャッジを下す傾向があるというのである。宗教的教育について、世のイメージとはまったく正反対の実態が示されることになったのだ。

 米・シカゴ大学の社会神経科学者であるジーン・ディセティ教授が率いる研究チームが2015年11月に「Current Biology」で発表した研究では、宗教に関わることなく育てられた人々は、平均してより親切で他人に対してより共感できることを報告している。

【その他の画像はコチラ→https://tocana.jp/2019/06/post_98319_entry.html】

 5~12歳の子ども1170人が参加した実験では、利他性の度合いと道徳的な感受性を計測する課題によって子たちの行動と反応を分析した。

 この実験は実に興味深い結果となった。宗教的な家庭で育った子どもたちは、無神論的または宗教的ではない家庭で育った子どもたちよりも他者と富を共有する可能性が低いことが判明したのだ。

 課題の1つでは、子どもたちはそれぞれランダムに選ばれた10枚のステッカーを与えられ、その時点で仕切りの後ろにいる別の子どもとシェアすることを求められた。仕切りの後ろにいた子どもは最初に何枚のステッカーが配られたのかはわからないため、配分についてそれが公平がどうかは知りようがない。

 この課題において、宗教的影響の色濃い家族の子どもたちは、非宗教的家族の子どもたちよりも相手に与えるステッカーの枚数が少なくなる傾向が突き止められた。またこの特性はどの年齢の子どもたちにおいても当てはまることが判明したのだ。

「これらの研究結果は、宗教が向社会的行動を促進するという広く信じられているイメージに反していて、無宗教という世俗化は人格の優しさに悪影響を及ぼさないことを示唆しています。それどころか、それは逆だったのです」とディセティ教授は語る。モラルを高めると広く信じられている宗教的教育のイメージを揺るがす研究結果になったと言えることは間違いない。

■信心深い親は我が子のモラルを過大評価

 宗教的な家庭での生活の経験が長い子どもたちは、富をシェアする可能性が低いことがわかり、宗教と利他主義の間にはネガティブな関係が突き止められたのだが、さらに興味深いのは、宗教的な家の子どもたちは他者の反社会的行動に対してより厳しい罰則を求めることもまた判明した。つまり信心深い家族で育った子どもは気前が悪く他者に厳しいということになる。

 敬虔な信者である両親は、子育てにおいて厳格なルールや教義を設けるため、子どもたちは“罰”についてより真剣に受け止めるようになるという。これが災いして、他者の反社会的行為に対して、過剰に厳しい目を向けるようになるのかもしれない。

 これは成人を対象にした過去の研究でも、宗教的人物は反社会的行動に対して厳しく懲らしめる態度に打って出ることが報告されていることから、この結果に関してそれほど驚くべきことではないということだ。

 親たちはどう感じているのか? 残念ながら敬虔な信者である親たちには“バイアス”があるようだ。信心深い親たちは自分の子どもを非宗教的な家族の子どもたちよりも利他的で他者に対する共感能力が高いと“勝手に”過大評価しているのである。日々我が子が宗教的行為を実践していることが、両親にそのバイアスを植えつけるのだ。

 信心深い親たちは子育てを宗教の教えに“丸投げ”していて、子どもたちの発育の過程に実のところはあまり関与していないことが示唆されてくるのかもしれない。

 今回のこの研究結果は、子どもの発達、宗教、利他主義のすべての側面を網羅しているわけではないものの、厳格で敬虔な信仰を伴う家庭での子育てについて、正当な問題を提起するものになる。

 宗教の教えによって“罪と罰”に意識的になる一方で、ややもすれば“特権意識”を抱きやすくなる可能性もありそうだ。そして“特権意識”を持ってしまえば他者への共感や同情が薄れてしまうというのは、ある意味当然かもしれない。宗教的な教育における思わぬ“落し穴”が示されることになったと言えるだろう。

(文=仲田しんじ)

※イメージ画像:「Gretty Images」

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