“最後の三助さん”がいた、東京・日暮里の「斉藤湯」

“最後の三助さん”がいた、東京・日暮里の「斉藤湯」
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江戸の粋から古き良き昭和まで、東京の過去を旅する、TOKYO FM「シンクロのシティ」のコーナー「ハナコマチ」。今回ご紹介するのは、東京タワーから北の方角。日暮里の銭湯「斉藤湯」で長年親しまれた“三助さん”のお話です。

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“最後の三助さん”がいた、東京・日暮里の「斉藤湯」



だんだんと本格的な寒さが身に染みてくる季節。
これからは温かいお風呂にゆっくりと浸かりたいですよね。
大きな湯船に入るなら、やっぱり銭湯!
今回は都内の歴史ある銭湯をご紹介します。

東京・日暮里駅から徒歩3分ほどのところにある銭湯「斉藤湯」。
昭和9年に三河島で開業し、昭和35年に現在の場所に移転しました。
この銭湯、実はあることで有名。
それは、ほんのつい最近まで「三助さん」がいたこと。

江戸の昔から、銭湯には欠かせない存在であった「三助さん」。
当時の浮世絵にもよく登場する職業です。
ほとんどの場合は番頭さんが兼任するもので、主な仕事は釜焚き、温度調整、風呂掃除。
3つの仕事を助けるから「三助」と呼ばれたそう。
そして三助さんの重要な仕事のひとつとして、「お客さんの背中流し」があったのです。

昭和初期までは多くの銭湯に三助さんがいて背中を流してくれましたが、高度経済成長以降は銭湯自体が衰退し、その存在は姿を消してしまいます。
ですが、日本で唯一、斉藤湯だけは三助さんが残っており、「最後の三助」と呼ばれていました。
橘秀雪さんという方です。

橘さんは富山の生まれ。

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