小林幸子「一生忘れることができない恩人」 岸部清さん通夜で涙

小林幸子「一生忘れることができない恩人」 岸部清さん通夜で涙
小林幸子

 11日に心不全で死去した芸能事務所「第一プロダクション」(2017年解散)の代表取締役社長・岸部清さん(享年88)の通夜が18日、東京・港区の青山葬儀所で営まれ、所属した千昌夫(71)、小林幸子(65)ら約500人が参列した。

 ザ・ドリフターズの前身バンド「サンズ・オブ・ドリフターズ」で初代リーダーを務めた岸部さんはその後、マネジャーに転身。渡辺プロを経て1960年に「第一プロダクション」を創設し、17年に同社が解散するまで社長職を務めた。

 千や小林、男性3人組「ぴんからトリオ」、新沼謙治(62)、森口博子(50)らを育てたことで知られ、ぴんからトリオの「女のみち」は、325万枚を売り上げ、現在も歴代シングル売り上げ枚数で2位だ。

 取材に応じた小林は「ひと言で言えば、恩人です」と涙をこらえて告白。79年に「おもいで酒」が大ヒットしたが「20歳の時に事務所に入って5年後、事務所にストックされていた『おもいで酒』という曲に出合った。200万枚のセールスになって、この曲が私の人生を変えた。岸部さんに出会ってなかったら、今の自分はいません。『おもいで酒』がヒットした時『辛抱して良かったな』と一緒に泣いてくれた。一生忘れることができない恩人です」と感謝した。

 87年に事務所から独立し、個人事務所を設立した際も「頑張れよ」と応援してくれたといい「思い出はいっぱいある。いつも『お前は根性のある女だから大丈夫だ』と言って、褒めて伸ばしてくれた」としのんだ。

 また「星影のワルツ」「北国の春」などヒット曲を飛ばした千は「(67年発売の)『星影のワルツ』がヒットする兆しが見えたころに事務所に入って。火がつきかかってる曲に、事務所のマネジメント力、プロモーション力が加わって大ヒットになった。ここまで長く仕事ができるのは、岸部さんのおかげ」と話した。

 戒名は「大光明清居士(だいこうめいせいこじ)」。岸部さんの名前である「清」に、芸能界に大きく貢献した「大」、その功績で芸能界に光を日本中に届けた「光」、岸部さんの明るい人柄を表す「明」などが添えられた。

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