王者ソフトバンクの礎を作った男のやさしい目

【ネット裏・越智正典】去る10月19日、福岡で始まった日本シリーズでソフトバンクが第1戦第2戦に勝ち、連勝したとき、多くのファンはこれでもう勝負あった…と思ったに違いない。勢いがちがう…。私もその一人だが、そのときソフトバンクのチーム編成と次代の選手育成に一心不乱な永山勝の顔が浮かんだ。

 彼は一昨年まではアマチュア担当スカウトのチーフ。昨年はプロ野球担当スカウト、ことしは特に育成と独立リーグ担当スカウトである。ソフトバンクは時代の変化に合わせて担務を変えている。傘下選手は多彩になる。永山は笑顔がキレイな男だ。どんなにつらいときでもちょっぴりタレ目だがやさしい目をしている。人を包む。人はなごむ。私は改めて敬けんの思いだが、福岡には居るまい。

 永山勝は1957年に和歌山で生まれた。球団会長王貞治がセンバツで全国優勝した年である。向陽高校に進んだ。俊英遊撃手。2年生の秋から投手。向陽高は多くの名選手が巣立って行った伝統校、旧海草中学である。

 あの嶋清一は大戦前夜の39年夏、第25回甲子園大会で左腕から繰り出す剛速球とドロップで全試合完封。準決勝島田商業戦で8対0、ノーヒットノーラン。決勝の下関商業戦は5対0、完全試合。空前の大記録である。永山ら後輩たちの誇りである。嶋は明治大に進んだが学徒出陣。45年6月戦死された(08年殿堂入り)。永山にも先輩の散華は悲痛である。

 敗戦後、相次いで水泳の世界新記録を樹立した古橋広之進とともに、毎日が苦しかった占領下の日本の勇気と希望の灯となった「華麗な」橋爪四郎は海草中学に入学したときは野球部員であった。


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