電報代節約のため?生まれた「東京巨人軍」の愛称

【越智正典 ネット裏】昭和9年12月26日、日本初の職業球団として創立された「大日本東京野球倶楽部」(巨人軍)の選手たちは同10年2月14日、腕を磨くために豪華客船秩父丸で横浜を発った。いまならサンフランシスコまでひと飛びだが、往時家族と別れの水盃を交わした選手もいた。

 このとき、先乗りでサンフランシスコに入り、通信社ビルの一室に現地事務所を開いていた“日米野球大使”流石の鈴木惣太郎(1968年殿堂入り)も苦戦していた。鈴木は読売新聞社の第2回日米野球開催に先立ちニューヨーク、ブロードウェイ34丁目の理髪店で整髪中のベーブ・ルースに逢い、来日を承知してもらっているが、今度の仕事は「大日本東京野球倶楽部」の転戦試合が売り興行だったのである。すぐに売れるものではない。日米野球第8戦(静岡)、沢村栄治がベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス…らから9三振を奪った快投(0対1)は町々には伝わっていない。在留邦人が多い街では売り興行ではなかったが青年会と試合。出場選手にギャラを支払わなければいけない。鈴木は忙しかった。

 鈴木がサンフランシスコに着いたとき“レフティ”オドール(2002年殿堂入り)が出迎えてくれたが、ここ二、三日姿を見せない。

プロ野球の父”正力松太郎(59年殿堂入り)は昭和9年の日米野球開催によく尽くしてくれたと、オドールに「大日本東京野球倶楽部」の株を200株をお礼に贈っている。オドールは正力と日本に感謝している。


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