志賀勝さん コワモテの裏に隠された繊細な一面

志賀勝さん コワモテの裏に隠された繊細な一面
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志賀勝さんの遺影

 コワモテの裏に優しさと繊細さがあった――。3日に拡張型心筋症のため亡くなった俳優の志賀勝さん(本名・亀山勝彦=享年78)の通夜が6日、京都市内でしめやかに営まれた。

 参列者は関係者約100人。映画「新・仁義なき戦い」(2000年公開)や「ぼくんち」(03年公開)で志賀さんと仕事をともにした阪本順治監督は「撮影現場でも、お食事しても楽しくて愉快な思い出しかない。志賀さんが映っているところは、すべて志賀さんが主演だと思っていました」とその死を悼んだ。

“東映ピラニア軍団”の創立メンバーとして知られ、映画「仁義なき戦い」シリーズのほか、フジテレビ系「欽ちゃんのドンとやってみよう!」にもレギュラー出演するなど、人気を誇ったが、長女の奈王美さんによると、コワモテの外見とは異なり、プライベートでは「すごい優しかった」という。

 心臓の病気で10年ほど前に静岡のロケ現場で倒れて以降は、脳梗塞も患うなど入退院を繰り返していた。「ここ10年ほどは闘病生活が大変だった」と奈王美さんは振り返った。

「俺は役者だ。映画に出たい」と常々話していた志賀さんは、酒を飲みながらよくメモを取っていたそうで、2~3年前には、体調の悪さもあってか「残念だが、仕事はもうできそうにない」とも記していた。奈王美さんは「母も体調が悪くなって、お酒がないと不安で仕方なかったところもあると思う」と繊細な一面を明かした。

 それでもカメラの前で弱音は吐かなかった。遺作となった映画「よしもと新喜劇映画 商店街戦争―SUCHICO―」(17年公開)のメガホンを取った谷口仁則監督は「会話もできないくらい体が悪かったのに、カメラが回ったらバシッと決めてくれた」とその役者魂に感服。「業務提携させてもらっていたが、最後の10年は病気で出てもらえなかった。もっと出演してもらいたかった」と悔しがった。

 またひとり、昭和の名優が逝ってしまった。

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