松永監督にキツくネジを締め直された広沢

松永監督にキツくネジを締め直された広沢
主砲として期待された明大の広沢
       

【正田耕三「野球の構造」(9)】1984年ロサンゼルス五輪は、現地入りしてからも厳しい練習が続きました。日米大学野球に出場するため、米国に先乗りしていた明大の広沢克己や日大の和田豊ら7人の大学生たちは、松永怜一監督のもとで徹底的に鍛え上げられた社会人13選手が醸し出すピリついたムードに驚いたことでしょう。

 大会前に全日本のメンバーが国内で一堂に会したのは一度きり。いくら主体となるのは社会人の選手といっても、連係プレーなど本番までに確認しておかなければならないことはたくさんありました。そのためにも実戦練習は欠かせず、練習試合をするためにロサンゼルスから東へ3時間ほどバスに揺られ、砂漠地帯の手前まで行ったりしたほどです。

 練習だけでなく、松永怜一監督による1日数回のミーティングで精神面も鍛えられました。特に力説されていたのは「日の丸を背負う意味」。大学生には「遊びじゃないんだぞ」「日米大学野球のような野球はするな」みたいな厳しい言葉も飛んでいたように記憶しています。

 なかでも一番怒られていたのが、広沢だったんじゃないでしょうか。あらためて調べてみたら、同年の日米大学野球で日本は1勝6敗。主砲として期待された広沢は19打数3安打で本塁打、打点ともに0とさっぱりだったので、松永監督としてはネジを締め直さなければ…との思いもあったのでしょう。

 迎えた8月1日の第1戦は、予選リーグの「青組」に入った全日本にとって最大のライバルである韓国が相手でした。先発はのちに中日で守護神として活躍した「韓国の至宝」宣銅烈(ソン・ドンヨル)。試合後に松永監督は「不安だらけだった。どうしたら勝てるのかと考えていた」とコメントしていましたが、先発の吉田幸夫さんが7回途中まで1安打投球を披露して、その後は宮本和知―伊東昭光の無失点リレーで2―0の零封勝ち。「2番・二塁」でスタメン出場した僕も3打数2安打で勝利に貢献することができました。


あわせて読みたい

東スポWebの記事をもっと見る

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

野球ニュースアクセスランキング

野球ランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る
2020年5月12日の野球記事

キーワード一覧

このカテゴリーについて

プロ野球、MLB、日本代表、甲子園や人気の野球選手など野球にまつわる情報をお届け中。

通知(Web Push)について

Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら。