【プロレス蔵出し写真館】「彼は日本を一番愛していた」〝超獣〟ブロディの意外な一面

 この時、本紙はブロディが上野から仙台に向かう新幹線に乗らずホテルに引き返したという報を聞き、ホテル前で張り込んだ。出てきた2人を撮影したカメラマンはブロディが「ノーモアジャパン」と言って手を振ったと興奮気味に会社に電話した。今でもその混乱した状況が思い起こされる、思い出深い出来事だった。

 その後新日本と和解したブロディは、またもドタキャン騒動を引き起こし永久追放処分となり、87年に全日本に復帰する。

 翌88年のブロディは3月27日に日本武道館でジャンボ鶴田を破りインターヘビー級王座を奪取、関係者と抱き合うなど喜びを爆発させ、見た目のイメージとは違った一面をファンに披露した。
 
 しかし、このインター王座は4月15日、大阪でUN&PWFヘビー級2冠王者・天龍源一郎との3冠統一戦を経て(結果は両者リングアウト)、19日の仙台で鶴田にピンフォール負けして王座を奪回された。

 そして、22日の川崎でのシリーズ最終戦ではスヌーカとのコンビで天龍、阿修羅原組のPWF世界タッグに挑戦する予定だったが、スヌーカが前日、ジョン・テンタのパワースラムで肋軟骨を骨折したためパートナーをトミー・リッチに変更。リッチがフォールされ王座奪取に失敗。

 8月に再来襲を予告したブロディだったが、まさか、この試合が日本で最後の試合になってしまうとは…。

 ブロディは7月16日、プエルトリコ・バヤモンでの試合前、控室でホセ・ゴンザレスにナイフで刺され、翌17日、大量失血が原因で病院で息を引き取った。

 20日に行われた告別式では「彼は日本と日本のファンを一番愛していた」(バーバラ夫人)とプエルトリコ、米国のマスコミをシャットアウトして本紙を始め日本のメディアだけに亡きがらの撮影が許された。

 享年42。早すぎる死だった――(敬称略)。

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