浅田真央「引退会見」一問一答全文 白ジャケットの意味は「晴れやかな気持ちなので」

浅田真央「引退会見」一問一答全文 白ジャケットの意味は「晴れやかな気持ちなので」
白いジャケット姿で引退会見を行った浅田真央

 みなさんこんにちは、浅田真央です。本日はお忙しい中、このような場に集まってくださり本当にありがとうございます。2日前にHPで発表しましたが、また改めてご報告いたします。私、浅田真央は選手生活を終える決断をいたしました。長い選手生活でしたが、たくさん山がありました。でもそのたくさんの山を乗り越えられたのも、支えてくださった方やたくさんのファンの方々の応援があったからだと思っています。感謝の思いを皆さんにお伝えできればと思い、このような場を設けさせていただきました。本日はよろしくお願いします。

(以下一問一答)

 ——お疲れさまでした。2日前にブログで引退を発表された。今どんな心境か

 真央:この場に入ってきた時に、これだけたくさんの方がいらしてくれて、私自身びっくりしたのですが、今は落ち着いています。

 ——発表後、かけられた言葉で印象に残ったのは

 真央:発表してからは本当にたくさんの方が連絡をくださったのですが、みなさんお疲れさまという言葉をかけてくださったので、私自身も「選手生活が終わるんだな」と思いました。

 ——親しい人への報告はどのように

 真央:少し前ですが、家族や友達に報告しました。

 ——印象に残る言葉は

 真央:みんな、お疲れさま、よく頑張ったね、って言ってくれました。

 ——引退はどのぐらいの時期から考えた

 真央:復帰してからいい形でスタートできたのですが、そこから練習をするにつれて、試合に出るにつれて、やっぱり今のスケート界はすごいので、私自身ついていけるのかなという思いが強くなったり、気持ちだったり、体の部分で復帰前よりつらいことのほうが多くなりました。なんとか1シーズン乗り越えたのですが、2シーズン目からはなんとか頑張ろうという思いだけでやってきました。でも最後の全日本選手権で「あ、もう、いいんじゃないかな」と思いました。

 ——どんな思いだった? 迷いは

 真央:やはり自分が復帰してから掲げてきた平昌五輪に出るという目標があったので、私自身、目標をやり遂げなければと思っていたので、その自分の言ってしまったことへの葛藤はありました。

 ——決心したのはいつ?

 真央:全日本が終わって、全て結果が出たときに「ああ、もう終わったんだな」とは思いました。でも日がたつにつれ、自分が言ってしまったことは今まで最後までやり通してきたので、やらなきゃいけないんじゃないかなという思いも強くて。ここまで決断が延びてしまいました。

 ——平昌五輪への思い以上の達成感があった

 真央:そうですね。ソチ五輪を終え、(シーズンを)最高の形で終えたが、自分の体もまだまだできますし、気持ちとしてもまだやれるという思いがあったので復帰しました。でも気持ちも体も、自分の気力ももう出し切ったので、今は挑戦して何も悔いはないです。

 ——最後の舞台になった全日本でトリプルアクセルに挑んだ気持ちは?

 真央:最後になるのかなという気持ちはソチ五輪後の世界選手権ほどではないですが、最後トリプルアクセルに挑戦して終えられたことは自分らしかったかなと思います。

 ——初めてスケート靴を履いたときを覚えている

 真央:私は覚えていないんです。5歳だったので。でもヘルメットをかぶって、スキーウエアを着て、ヒジ当て、ヒザ当てをした写真は残っています。

 ——一番楽しかったときは

 真央:やはり小さい時、フィギュアスケートの技はいくつもありますが、それができたとき、本当にうれしい気持ちになって次は2回転、3回転を跳びたいという気持ちになるのが楽しかったです。

 ——つらかった部分?

 真央:つらかったことはそんなになくて、やはりこの道を選んできたのも自分ですし、自分がやりたいと思って臨んできた道なので、つらいと思ったことはありません。

 ——バンクーバー五輪の思い出は

 真央:バンクーバーは19歳だったのですが、10代で若くて、本当に気が強くて、その強い気持ちだけで乗り越えてきた気がします。

 ——ソチ五輪を振り返って

 真央:ソチ五輪はやはりショートが残念な結果だったので、つらい気持ちではあったのですが、フリーでああいう形で最高の演技で終えることができた。バンクーバー五輪からソチ五輪までの4年間の思いを4分間の中に注ぎ込めたと思う。

 ——2度の五輪の経験は

 真央:今後の人生においてもいい経験だったり、いい思い出だったのかなと思います。

 ——世界選手権で日本人最多となる3度の優勝を果たした

 真央:2回は五輪後の世界選手権だったので、五輪の悔しさを世界で晴らせた大会だったかなと思うのですが、最後の世界選手権は自分の気持ちの中では最後と思って臨んだ試合だったので、それまでのスケート人生を全てプログラムにぶつけた試合。最後の世界選手権が思い入れが強い試合でした。

 ——最も印象に残っている演技をひとつ選ぶとしたら

 真央:ああ、難しいですね。やはり1つというのは難しくて。でもやっぱりソチのフリーかなというふうに思います。

 ——あの時間に込めた思いは大きい

 真央:はい、気持ちが今までの試合以上に落ち込んだり、つらいことがあったが、それでもあれだけ挽回の演技ができたこと、五輪だったということが一番良かったのかなと思います。

 ——山田コーチは

 真央:満知子先生は小さいころに指導を受けていたが、スケートの楽しさや挑戦する楽しさを教えてくれました。その一方でスケートだけではなくいろんなことを教えてくれた先生です。

 ——佐藤信夫先生は

 真央:大人になってから指導を受けたのですが、私は自分の意思がすごく強いほうというか強いので、先生といろいろと話し合いをしたりする機会も多かった。自分の意見もしっかり聞いてくれ、それをしっかり静かに見守ってくれる先生でした。

 ——この2年間、復帰後の意義は

 真央:ソチ五輪後の世界選手権で自分が選手を終えていたら、今もまだできたんじゃないかと思っていたと思います。でも自分が望んで復帰をしてチャレンジした結果なので、本当に今は何もやり残したことはない。そういった意味でもう一度自分でチャレンジすることができて良かったなと思います。

 ——今後のプランは

 真央:まずは夏にあるのが「ザ・アイス」のショーなので、そこでまた選手生活を終えて初めてみなさんの前で滑れるので、頑張りたいなと思います。

 ——フィギュアスケートとどう関わるか

 真央:やはり5歳からスケートを始めてスケートにお世話になりました。なので、どんな形であってもフィギュアに恩返しできるような活動をしたいです。

 ——具体的にはこれから

 真央:そうですね。

 ——浅田さんに憧れた選手がトップになった。若い選手にエールを

 真央:引退された大先輩の方をはじめ、私も引退することになったが、スケート界を引っ張ってこれたかなと思います。若い選手がどんどん出てきている。若い選手が若いパワーでフィギュア界を引っ張ってくれたらと思う。

 ——フィギュアスケートはどんな存在

 真央:存在? う~ん、難しいですが、ひと言で言うとやはり人生かなと思います。

 ——自分を褒めたい部分は

 真央:私、けっこう飽きてしまうことが多いのですが、なんでもすごくはまってしまっても、それがすぐに飽きちゃう性格で。でもこのスケートは5歳から26歳まで続けてこれたので、すごいね、長い間続けてきたねと言いたいです。

 ——スケートは人生

 真央:私の全てがスケート中心の生活だったので、わたしの全てです。

 ——ファンにひと言

 真央:本当にたくさんのファンの方が私のことを応援してくださって、良い時も悪い時も長い間、諦めずに応援してくださった。私もすごく励みになりましたし、すごくパワーになりました。本当に感謝していますす。ありがとうございました。

 ——今、ノドを潤しているが

 真央:熱気もすごいですし、たくさんしゃべるのでノドが乾いちゃいました。

 ——アスリートならば誰でも迎える引退、実際迎えてみてどうか

 真央:本当に発表するまで自分の中で実感はなかったんですが、こうして改めてここに座ってこれまでのことを振り返りながら話していると、少しずつ引退するんだな、という気持ちは湧いてきますね。

 ——寂しいのかホッとしているのか、すがすがしいのか

 真央:本当に気持ちはすごく晴れやかな気持ちです。

 ——スケート靴を履かない生活、リンクから離れて温かい生活が待っている

 真央:私は1月から3月までは、あ、いま4月だ、4月までスケート靴を持たず滑らず、過ごしました。7月にショーがあるのでもう滑り始めます。

 ——現役生活で何かひとつやりの残したことは? 悔やむことは

 真央:ん~、ん~、本当に決断するにあたってたくさん悩みました。やり残したことは何だろうと思うことがなかったので、自分はそれだけ全てやり尽くしたんじゃないかと思います。

 ——今日は白いブラウスに白いジャケット、真っ白の思いは

 真央:黒のスーツか白かどちらにしようか悩んだのですが、自分の気持ちとしては本当に晴れやかな気持ちなのでこの服を着ています。

 ——これまで何度も出てきた言葉がノーミス。そこまでこだわり続けたのは

 真央:失敗はしたくないですし、これだけ試合に向けて練習しきているからこそ、誰もがミスしたくないと思うんです。自分では試合にそんなに強いタイプではなかったので、あえて言ってたんじゃないかなと思います。

 ——トリプルアクセルにはどんな思い

 真央:私は伊藤みどりさんのようなトリプルアクセルが跳びたいと思って、ずっとその夢を追ってきたので、跳べたときはすごくうれしかったですし、自分の強さでもあったと思いますが、その半面悩まされることも多かったです。

 ——5歳でスケートを始めた。タイムスリップして5歳のころの自分に会えたらなんて声をかける

 真央:ん~、「頑張って」って。私はこれだけフィギュアスケートをやっていて、たくさんの人に応援してもらえて本当に幸せだなと思いました。大変なこともあったんですが、自分に対してエールをたぶん送ると思います。

 ——子供たちと接している様子が印象に残っているが、浅田選手の経験から日本、世界の子供たちにアドバイスを

 真央:そうですね、私は小さいころから本当にスケートが大好きで、ただただ大好きでやってきました。いま始めた子も頑張っている子も「スケートが大好きな気持ちを忘れないでね」と言いたいです。子供が大好きなので、以前にもスケート教室とかはやっていたのですが、また機会があればやりたいなと思います。

 ——トリプルアクセル、自分の強さでもあり悩まされることでもあるといったが、トリプルアクセルに声をかけるとしたら

 真央:難しい、トリプルアクセルに声をかける、トリプルアクセルに声をかけるんですよね?(笑い)。ん~、なんでももっと簡単に跳ばせてくれないのって感じです。

 ——続けてこられた支えは

 真央:ひとつはやはり自分の目標ですね。それだけではないですが、たくさんの方に支えられて、たくさんの方の応援があったからだと思います。

 ——今年の世界選手権で平昌五輪の枠が3から2になった。どう受け止めていらっしゃったか、それが引退の決断に影響したか

 真央:私は、さっき自分が言ってた平昌五輪に出る目標をやめてしまう自分を許せるのか許せないのかと思ってきた。最終的に話し合いをして決めたのが2月だったので、世界選手権が影響したのではなく、自分自身が最後決めることなので、そんな感じで決めました。2枠は残念なことではあると思いますが、2枠を大勢の選手の子が争うので、本当にハイレベルな試合になるんじゃないかと思っています。

 ——2月に決断し、4月に発表。その間どういう思いが

 真央:いろいろと自分の気持ちの準備もあり、今日に至りました。

 ——決断をどなたが後押ししてくれた?

 真央:ん~、家族だったり、お友達だったり、知ってる方に相談した。いろいろアドバイスをくれたが、最終的に決めたのは自分自身なので、その中でも旅行に行ったり、今まで行けなかった所に行ったりして、その中で考えながら日々を過ごして決めました。

 ——21年間、続けること自体が大変だと思うが、何か印象に残っている言葉、大切にしている言葉は

 真央:本当にこの決断をしてから、本当にたくさんの方が温かい言葉を送ってくださったので、私自身本当に晴れやかな気持ちでこの場にいます。感謝という気持ちは忘れずに、これからも過ごしていきたい。

 ——たくさんの人がフィギュアスケートに興味を持つようになり、日本でブームになり、世界でも強い国になったことに貢献したと思うが、この先も続くためには

 真央:私が小さいころは、伊藤みどり選手をはじめトップ選手の素晴らしいスケーターがいました。私もこうなりたいと目指してずっとやってきた。ジュニア、シニアに上がってからはスケーターみんなが強く、それぞれ魅力ある選手がいて、それぞれが影響し合いながら切磋琢磨して頑張ってきた。それを応援してくださるメディアやファンの方がいたから、ここまでフィギュアスケートも注目されるスポーツになったと思う。これからのスケーターの方には、みんなで高め合い、刺激しながら頑張っていってほしい。

 ——選手人生でたくさんの山があると思ったとおっしゃったが、あの伝説のソチ五輪についてショートから21時間の間でどのように立ち直ったか

 真央:ショートが終わってからは本当にああ、日本に帰れないと思ってすごくつらい思いもしたんですが、フリーの当日の朝もまだ気持ちが切り替わっていなかった。このままで大丈夫なのかなという気持ちで公式練習を終えました。でも試合が近づくにつれ、メークを終えてリンクのドアを出た瞬間、すごい会場でこれはもうやるしかないなという思いが出てきて、ようやくその時にやるしかないと思いました。

 ——競技が終わった瞬間は

 真央:最後のポーズ、上を向いていたんですが、ああ、終わったって思いました。それと同時に良かったという思いがこみ上げて、ちょっと涙してしまった。バンクーバーの時にも悔し涙を流していたので「ああ泣いてちゃだめだな」と思って頑張って笑顔にしました。

 ——今日は卒業式、入社式でもあると思うが、違う世界に進む一人として浅田選手が不安に思うこと、心配なことは

 真央:私も本当に新たな一歩だと思っています。ただ不安とかは何もなくて、ただ前にある道を進んでいくだけ。これからも新たな経験をして元気に前を見て進んでいきたいと思う。

 ——プルシェンコ選手も引退。長く同じ世界でやってきた仲間として、この偶然に思いは

 真央:プルシェンコ選手も引退されたということで、私よりも長い選手生活、そして本当にたくさんの記録を残してきて、本当にたくさんの人を魅了してきたと思う。心からお疲れさまでしたと言いたいです。

 ——大事にしてきたこと、信念は

 真央:小さいころから変わらないですが、一日一日もそうですが、何かこれがしたいという目標を持ってずっとやってきた。その目標を達成するという強い気持ちを持ってやってきたつもりです。

 ——時間ができた。やりたいことは

 真央:1、2、3月と時間があったので、旅行に行ったりおいしいものを食べたりできました。

 ——キム・ヨナ選手と競い合っていた。キム選手への思いは

 真央:私たちは15歳、16歳ぐらいから一緒にジュニア、シニアで試合に出てきた。本当にお互いにいい刺激を与えながら、もらいながらずっとスケート界を盛り上げてきたんじゃないかなと思っています。

 ——最後の全日本で「いいんじゃないかな」と思ったそうですが、あの全日本に向けてはどんな気持ちで臨んだか

 真央:試合に向かう気持ちは一つ一つの試合で変わらない。ノーミスで終える、完璧な演技をする、そして自信を持って滑るということを考えていた。演技が終わったとき、完璧ではなかったですし、自分の現役生活の最高の演技ではなかったでので、少し悔しい気持ちもあったんじゃないかと思いましたが、キスアンドクライに座って順位が出た時に「あっ、もういいのかもしれない」というふうに思いました。

 ——もういいのかもしれないとは

 真央:全日本は12歳から出場しているんですが、一番残念な結果で終わってしまって、その結果もひとつ大きな決断に至る出来事だったんじゃなかったのかなとは思います。

 ——一度過去に戻れるとしたら、いつの自分にどんな言葉をかける

 真央:26年間ですもんね。難しい。でも、本当に戻ることはないと思うので、答えが出てこないですね。

 ——いま五輪についてどう思うか

 真央:本当にあと1年でソチ、ソチじゃない平昌五輪ということで、選手の方々はみんなそれぞれいろいろな思いを持って生活していると思う。私はエールを送りたいです。

 ——五輪の舞台はどういう場所

 真央:ん~、ん~、やはり4年に一度ですし、選手である以上はそれを目指してやってきたので、そこに出れた、メダルを取れたのは本当に良かったと思いますし、五輪は素晴らしい舞台だと思います。

 ——生まれ変わってもスケーターに

 真央:今こうして26歳までスケートをやって、全てやりきって何も悔いはないので、もう一度人生があるならスケートの道は行かないと思います。

 ——例えば

 真央:いろいろありますね~、なんだろ、食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとかカフェとか、そういうレストランだったり、そういうのをやっていたのかなと思ったりもします。

 ——言ったことは必ずやり遂げる。だれから授かった教え

 真央:やはり母かなと思います。あとはこういう性格なので、すごく頑固っていうんですかね。普段はそうでもないですが、自分が決めたことに関しては一応頑固なつもりです。

 ——貫いた最初の体験は

 真央:しっかり覚えているのは、小さいころに毎年、野辺山で新人発掘合宿があるんですが、絶対そこでトリプルアクセルを跳ぶと決めて、初めて下りたことが一番記憶にあります。

 ——そこが今の浅田真央の原点

 真央:その時に目標を達成するとこんなにうれしいんだな、また頑張りたいなと思えた時です。

 司会者:では最後に本人を送り出せるような質問をお願いできますか

 ——ご結婚のご予定は

 真央:ご結婚のご予定ですか? ないです。

 司会者:では最後にもう一つ、送り出してもらって

 真央:お相手がいれば、その方と一緒に(ここに)入れたんですけどね。

 ——愛ちゃんみたいに台湾の人との結婚はいかがですか? 暖かいところ、台湾でのんびりと

 真央:そうですね。愛ちゃんとお友達なので、もし台湾の方でいい方がいればご紹介してもらいたいと思います。あと、行ってみたい国が台湾なので、愛ちゃんに案内してもらいます。

 司会者:ありがとうございます。最後、台湾の話になったので、ではもう一ついきましょうか。質問に自信のある方どうぞ

 ——今後「ザ・アイス」も含めプロスケーターとして活躍されると思うが、どういうスケートを見せたい

 真央:一番近くにあるのは「ザ・アイス」。まだプログラムも作ってないですが、エキシビナンバーを作ります。今までのスケート人生の全てを注ぎ込めるようなプログラムを作りたいと思います。

 司会者:最後に浅田真央からごあいさつさせていただきます

 真央:皆さん、今日はどうもありがとうございました。発表してからこの2日間、温かいお言葉をいただいて、本当に晴れやかな気持ちで引退を迎えることができました。え~、(数十秒涙をこらえ、後ろを向く)スケート人生で経験したことを忘れずに、これから新たな目標を見つけて、笑顔で(涙をこらえる)前に進んでいきたいと思っています。(涙をこらえ)皆さん、応援どうもありがとうございました。

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