フォークボール杉下の恩人

フォークボール杉下の恩人
始球式で投げる杉下氏(2004年10月)

【越智正典 ネット裏】12日、岡山で山陽新聞主催で星野仙一の殿堂入り祝賀会があったが、星野が生まれ育った旧味野町あたりは(倉敷市児島味野町)学生服の町でもあった。倉敷レーヨンが売り出した「ウエストポイント」は大ヒットした。ネーミング(米士官学校)からしてカッコよかった。野球では杉下茂のフォークボールのふるさとである。1948年、杉下は明大監督宮坂達雄(中日二軍監督)に言われて味野の琴浦高投手東谷夏樹のコーチに赴いた。校庭の眼下は瀬戸の島々。むこうは四国。が、杉下は東谷がカーブが不得意なのに困り、ナックルを教えた。帝京商業以来の恩師天知俊一がひょいとやって来た。「これから駿台倶楽部の理事会で高松へ行って来るわ」。天知が戻って来た。「東谷は明大へ来るのはムリです。プロへ行くようです(阪急、高橋、東映)」。二人は学校に挨拶。校門を出て坂道を下った。天知が父親のように話し出した。

「日本ではまだだれも投げていないがフォークボールという球があるんだ。人差し指と中指でボールをはさんで投げるので洋食のフォークのようだというんだ…」

 天知は22年、米職業野球選抜が来日したときブルペンで捕手を務めた(このとき明大予科1年、中日優勝監督、70年殿堂入り)。「ハーブ・ペノック(レッドソックス、翌年ヤンキース。241勝。ワールドシリーズ5勝無敗。48年米殿堂入り)が投げたんだ。凄い球だった。揺れながら落ちるんだ。彼が投げ方を教えてくれたんだ」。しかし天知は誰にも教えなかった。ペノックの言に心打たれたのだった。


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