新NISA制度開始を皮切りに投資人口が増加しています。インフレ環境下で金融商品を活用した資産形成・防衛は有効な手段である一方、「よく分からないが周りがみんなやっているから」と、事前知識がないままに投資を始めるのはトラブルのもとです。

「親子間の認識のズレ」から生じたあるトラブル事例より、資産運用の注意点を見ていきましょう。


NISAに500万円分の株式・投資信託を保有する70代元公務...の画像はこちら >>

息子はエリートだから大丈夫…70代父の「誤算」

 新卒から定年まで、教師として働き続けた70代のカズオさん(仮名)。まじめな彼は、退職後も預貯金を中心に堅実な生活を送っていました。


 そんなカズオさんには、自慢のひとり息子がいます。それが長男のヒロトさん(50代・仮名)です。


 ヒロトさんは就職氷河期を勝ち抜き大手企業に就職しました。そのヒロトさん、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)が始まった2014年から株式投資を続けており、現在含み益が1,000万円を超えているといいます。


 こうした背景から、ヒロトさんは父親に「預金だけで置いておくより、NISAを使って運用したほうがいい」「定年退職して時間があるんだから、投資を勉強してみたら? 意外と楽しいかもよ」と勧めます。


 バブル時代を経験したカズオさんは、この時点で投資に良いイメージを持っていなかったそうです。しかし、「ヒロトが勧めるなら」と、カズオさんは自分名義のNISA口座を開設。数年かけて合計約500万円を投資することを決めます。


 ただし、「付け焼き刃で勉強した自分よりも、ヒロトのほうが詳しいから」と、銘柄選びや売買の判断は、息子のヒロトさんに任せていたそうです。


カズオさんの致命的な過ち

 本ケースの前提には、損失の責任以前の問題があります。まずなにより、NISA口座はあくまでカズオさん本人名義の口座です。

家族だからといって、本人のID・パスワードを使って自由に取引していいわけではありません。取引の実態によっては、いわゆる借名・仮名取引の問題にもつながります(※)。


(※)この点は後述します。


 カズオさんとしては、「息子は投資に詳しいのだから、大きく損をしないように運用してくれるだろう」という認識でした。


 一方ヒロトさんは、「株なのだから値下がりすることは父も分かっている。下がっても焦らずに持ち続ければいい」という認識でした。


 ところが、その後相場が下落。500万円近くあった資産は、一時100万円近い含み損を抱える状態になりました。ここで親子の認識の違いが表面化します。


「こんなに減る運用を頼んだ覚えはない!」激怒するカズオさんに、ヒロトさんも「株式なんだから下落局面があるに決まっているだろう! そもそも投資は自己責任なのに、文句ばかり言うな」と一切引きません。


 大切な資産が目減りしている事実と、息子のまさかの反抗に、冷静さを失ったカズオさんは、「息子に損失を補填(ほてん)してもらうことはできないか」と弁護士のもとを訪れたのでした。


息子に返金義務が発生するケースはある?

 一定の金融リテラシーがある人からすると、「こんな話、実際にあるわけがない」と思うかもしれません。しかし、実はこうした相談は、そこまで珍しい話ではないのです。


 今回紹介したケースであれば、本来はまず「どのような内容で運用を任せたのか」を確認することになります。


 例えば、「500万円を預けるので、元本を減らさずに運用してほしい」と約束していたのか。それとも、「NISAで株式を運用してほしい。値動きについては任せる」という話だったのか。運用方法や損失負担についてどのような合意があったかによって、法的な評価は変わります。


 ただ、今回のような親子間の運用では、そもそも契約書を作っていないことがほとんどです。「元本は減らさないと言っていた」「そんな約束はしていない」と認識が食い違っても、LINEやメールなど明確な証拠が残っていなければ、どのような条件で運用を任せたのかを後から証明することは容易ではありません。


 しかも株式や投資信託には、当然ながら価格変動があります。本人が株式投資であることを理解して資金を預け、通常の値動きによって損失が生じたのであれば、単に「500万円が400万円になった」という結果だけから、息子に100万円の補填を求めることは難しいでしょう。


 もちろん、明確に約束した運用方針に反していた、本人に無断で極端にリスクの高い取引を行った、預かった資金を私的に流用した、といった事情があれば別の問題となります。しかし、家族間の口約束だけで運用を任せてしまうと、損失が出た後になって責任の所在を明確にすること自体が至難の業なのです。


 結局、カズオさんは弁護士から冷静に「損が出たとはいえ、当然に補填を請求できる、というケースではない」と説明を受け、事務所をあとにしました。


たとえ親子でも「超えてはいけない一線」がある

 まず重要なのは、前述した通り、そもそも家族が本人名義のNISA口座を代わりに運用する方法自体に問題があるという点です。


 NISAは、あくまでカズオさん本人名義の証券口座を利用する制度です。親から「運用を任せる」と言われたからといって、息子が当然に本人のIDやパスワードを使用し、本人に成り代わって自由に売買できるわけではありません。


 日本証券業協会は、「仮名取引」を口座名義人と取引の効果帰属者が一致しない取引と定義しています。今回のケースが直ちにこれに該当するとは限りませんが、本人以外が本人名義の口座を非公式に操作することは問題です。


 また、他人から投資判断を一任され、その財産を運用する行為を「業として」行う場合には、金融商品取引法上、投資運用業の登録が必要となることがあります。投資判断に関する助言についても、態様によっては投資助言・代理業の規制対象です。


 今回のように、父親一人の資産について息子が家庭内で関与しただけで、直ちに金融商品取引法違反になるという意味ではありません。しかし、「家族だから運用を代行してもよい」「助言だけなら常に問題ない」と安易に考えてはいけないのです。


本人以外が口座を管理するには

 本人が自分で取引することが難しく、継続的に家族による財産管理が必要なのであれば、IDやパスワードを共有して非公式に対応するのではなく、まず証券会社に正式な代理制度の利用可否を確認すべきです。


 日本証券業協会では、本人と家族代理人があらかじめ任意代理契約を結ぶ「家族サポート証券口座」も制度化されています。より広い財産管理については、民事信託(家族信託)や任意後見などを検討する方法もあります。


 ただし、NISAを含む金融商品をどこまで代理・信託の対象にできるかは金融機関や制度によって異なるため、事前の確認が必要です。


 家族が関与するのであれば、NISAの制度や一般的な金融商品の情報を一緒に確認する程度にとどめ、具体的な売買判断や注文は原則として本人自身が行うのが安全だといえるでしょう。


※本稿の事例は実際の事件をもとにしていますが、守秘義務およびプライバシー保護のため、登場人物は全て仮名とし、人物関係、年齢、財産額その他の事情を一部変更しています。


(山村 暢彦)

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