時は1932年、アメリカでも有数のエアレース「トンプソン・トロフィ」で、当時の陸上機世界最速を出し、ジービー モデルR1。通称「シービーレーサー」が優勝します。

同機はオモチャのようなずんぐりしたフォルムが特徴です。

小型で高速、ずんぐりしたボディが特徴的なレーシング機ジービーレーサー

 時は1932年、エアレース華やかなりし頃のアメリカでも有数のレース「トンプソン・トロフィ」で1機の小さな航空機が476km/hというスピードで、当時の陸上飛行機世界最高記録を樹立し優勝しました。航空機の名前はジービー モデルR1。通称「シービーレーサー」です。

 その姿は、まるで飛行機版“チョロQ”という言葉が思い浮かぶ、現代からすればおもちゃのような機体ですが、どのような経緯で生まれたのでしょうか。

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ジービーR1のレプリカ(画像:パブリックドメイン)

 同機の外観で特徴的なのが、そのずんぐりむっくりとしたフォルムです。

太くて短い胴体に、申し訳程度に飛び出した小さな垂直尾翼。カウリングは巨大で、胴体の1/4程を占めています。

 さらに、尾翼前に取り付けられたコクピットは小さく、どう見ても乗り心地は考えられていなさそうです。一度見たら忘れられないスタイルですが、1930年代当時の航空技術を結集し、とにかくスピードを出すためだけに作られたレーシング航空機でした。

 なお「ジービーレーサー」という名前はR1以外にも、1920年代後半から、アメリカ、マサチューセッツ州スプリングフィールドのグランビルブラザーズエアクラフトによって開発されたモデルYから始まるレーシング航空機シリーズのことを指す場合もあります。「ジービー」というのは「Gee Bee」とあらわされることもありますが、正しくは「グランビルブラザーズ」の略です。

 1930年代、同社は世界恐慌で落ちた売上を回復させるべく、プロモーションの一環としてトンプソン・トロフィに参加することを目指します。そして1931年、わずか6か月足らずで、モデルRの元になったジービー モデルZを開発。この機体は、同年のトンプソン・トロフィを430km/hという当時の全米陸上機最速記録をたたき出し優勝してしまいます。

 同機は速度を出すために、当時としては異例の高出力だった535馬力のプラット&ホイットニー製エンジンを、できるだけ小型で軽い機体に搭載するという野心的な設計でした。ずんぐりとした独特なフォルムになったのは、大きなエンジンを覆うためでしたが、一見、まともに飛べる機体とは思えません。

 さて、小型で大出力エンジンを搭載したモデルZは次なる記録の目標を「世界最高速」に定めます。

さらに強力なエンジンを搭載して記録に挑んだものの、飛行中に機体の翼が折れて墜落し、パイロットが亡くなるという事故も起きました。このときは非公式ながら速度が505 km/h出ていたといわれますが、それ以上に、事故を起こした機体としての汚名の方が強く印象付けられることになります。

最高の機体に最高のパイロットを揃える!

 モデルZでの汚名をそそぐべく、1932 年に初飛行した後継機がモデルR1で、全長を1m近く長く、翼幅も50cmほど大きくし、入念な風洞実験を行いました。さらに、やや大きくなった機体でも高速を維持するために、エンジンをさらに高出力なものに変更し、750馬力も出たといわれています。

 そしてパイロットも当時最高峰である人物に依頼します。当時水上機の世界最速を競っていた「シュナイダー・トロフィー・レース」で優勝した経験のある、ジミー・ドーリットルです。

後の日本との戦争ではアメリカ陸軍航空部の軍人として、ドーリットル空襲と呼ばれる最初の日本本土空襲を指揮して功績を上げた人物です。

「これ飛ぶの!?」まさかの“世界最高速”! ほとんどオモチャなずんぐりボディ “伝説だけ”残した飛行機とは
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トンプソン・トロフィの優勝トロフィ(画像:アメリカ空軍)

 ドーリットルとモデルR1は前出の通り、トンプソン・トロフィで速度476km/hに達し、陸上機世界速度記録を樹立するに至りました。その後、エンジンを換装したモデルR2でも、長距離レースであるベンディックス・トロフィで4位に入賞し、ジービーレーサーは一躍名声を得るに至ります。

機体が現存していない理由とは?

 しかし、2024年現在、このジービーレーサーのオリジナル機は存在しません。復元されたレプリカ機が現存するのみです。なぜかというと、そのほとんどが事故で失われてしまったからなのです。

 世界速度記録を樹立した際のパイロット、ドーリットルは、その操縦性について「指先に鉛筆を立てるような難しさ」だと語っています。確かに丸く特徴的な胴体や、役に立つのかわからない小さな尾翼など、素人目に見ても安定性が高いようには見えませんが、実際にも操縦は非常に難しかったようで、オーバーランや墜落事故を起こし、死者も出ています。

 あまりの操縦の難しさから事故を起こした機体のパーツを集めて作られたモデルR3は、多少胴体を延伸し、安定感を増すように製作されましたが、その機体も飛行中に墜落しました。

 オリジナル機はほとんど失われてしまったジービーレーサーですが、1990年から2000年代の初めにいくつかのレプリカが製造されています。なかでも、モデルR2のレプリカは1991年に初飛行し、多くの航空ショーでスタントパイロットにより曲技飛行が披露されたといいます。この機体は、事故を起こすこともなく2004年に引退、現在はアメリカ、フロリダ州オーランドで展示されています。